遠藤光暁氏は中国語の文の構造を、その著『中国語のエッセンス』(白帝社)の中で以下のように喩えています。
喩えていうならば、中国語の文は「土星とそれをとりまく環」のようなもので、動詞が「土星」に相当し、 それ以外の要素はその周りに配された「環」に相当します。(p83) つまり、中国語文の構成はその中核に動詞が位置し、その前と後に状語と補語、さらにその外側に主語と目的語がとりまいている。ときに、その先頭に状語や目的語が移動して「主題」となる。さらに第三の環として前に接続詞や間投詞、後に語気助詞がくる、そのように動詞が三層の環にかこまれた構造だと説明しています。 なかなかうまい説明だなあと感心し、それなら日本語文の構造はどうなのだろうかと考えてみました。 日本語もやはり述語・動詞(形容詞のこともありますが)が中心ですが、その位置は中国語のように真ん中ではなく、最後尾です。主語や連用修飾語(状語と目的語)は全部前で、、日本語には主格とか目的格とか連用格とかを示す格助詞があるので、主語と連用修飾語は必ずしも主語の方がいつも前とは限りません。日本語も「土星とその環」といったロマンチックな喩えはできないかと考えたのですが、「薬箱をかかえた富山の薬売り」、そんな無粋な喩えしか思い浮かびませんでした。その「薬箱」の中身はもちろん主語と目的語を含む連用修飾語です。 ついでに英語の構造は中国語と同じだろうかと考えてみました。 考えてみると、英語というのは主語と動詞の結びつきがとても固い、そんな感じがしました。ひょっとして主語の方が上位にあるのではと思えてきました。なぜなら、主語の人称とか単数・複数とかの違いで動詞を変形させる力があるのですから。主語が王子さまで動詞が王妃さま、目的語が家臣の貴族で、つけたしの副詞句は従者たち。ロマンチックに喩えるならば宝塚歌劇の「ベルサイユのばら」なんていうのは、どうでしょうか。 ところで、主語の概念というのはカナダで日本語教師をしている金谷武洋氏の『日本語に主語はいらない』講談社選書)によると以下の条件が必要なのだそうです。 (あ) 基本文に不可欠の要素である。 (い) 語順的には、ほとんどの場合、文頭に現れる。 (う) 動詞に人称変化(つまり活用)を起こさせる。 (え) 一定の格(主格)をもって現れる。 この4つの条件に日本語をあてはめていくと、日本語の主語は「基本文に不可欠の要素」ではありませんし、「動詞に人称変化を起こさせる」こともありません。「語順的には、ほとんどの場合、文頭に現れる」も英語に比べたらずっと融通無礙です。(え)だけはそのとおりなのですが、この主格の格助詞「が」は昭和初期の文法学者の三上章氏によるとその他の格助詞「を・に・と・で」などと同じレベルで、なにも取り立てて「主語」と呼ぶことはないとのことです。つまり、「主格補語」(ガ格)にすぎないというのです。その三上説を継承しているのが金谷氏の「日本語に主語はいらない」です。 でもガ格に敬意の対象が来たときはその述語部分は敬語表現にするというはたらきもあるなど、いろんな意見があるようで、三上・金谷説はまだまだ少数派でしょう。私も英語の主語とはかなり違っているということを認識した上で、「主語」という用語を使うことにします。 ところで、中国語のところでも出てきましたが、「主語」に似た言葉で「主題」というのがありました。 遠藤氏は中国語の主題を「状語や目的語が移動」したものといっていますが、日本語の場合はどうなのでしょうか。日本語もそうなのかどうかは今は私もわかりませんが、ただ日本語の場合は形式上から区別がつくようです。つまり、係助詞「は」のつくものがそれに該当するのです。 この日本語の係助詞「~は」について日本語教師の金谷氏はスーパー助詞と呼んでいます。この「~は」という係助詞のついている語句は主語ではなくて、「さて、いいですか、~についてのことをこれから話しますよ」という聞き手へのサインだと受け止めるのです。主題の提示ですから、教室では「~は」の後ろに読点(、)を必ずつけるように指導しているそうです。 中国語には主格というのはなさそうですが、主語と主題はあることでしょう。今後この点をも意識して中国語の文章、読んでみようと思っています。
by damao36
| 2009-02-07 16:23
| 中国語
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