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体感中国語99―もう一つの連動文②

前回『完全マスター中国語の文法』(瀬戸口律子 語研)に「喜欢看电影」という例文が出ていて、「これは連動文とはいえません」と書かれていましたので、それを取り上げてどうしてだろうかと考え、これまで例示した連動文とは違ってはいるが、連動文としてもいいのではないかという私見を述べました。

ところが『Why?にこたえる はじめての 中国語文法』を見てみると同じ例文が示されていて、同じように連動文とはいわないと説明されていましたので、私の意見は孤立無援で、引っ込めるべきではと思いはじめているところです。


『Why?』にはもう1つ例文があり、それは「希望成为大富翁。」(私は大金持ちになることを望んでいる)というものでした。

この“希望”も“喜欢”と同じく状態動詞の感情を表す動詞に違いないと考え、動詞の説明が詳しい『一歩すすんだ中国語文法』(荒川清秀著 大修館)を見てみたら、知覚・感覚を表す動詞として「知道/记得/觉得/想/怕/担心/后悔/怀疑/估计/认为・以为/相信」が挙げられていて、態度を表す動詞として「欢迎/希望/要求/答应/同意/决定/决心/需要」が挙げられていました。

喜欢”はどこにも挙げられていないのですが、でもこれは動作動詞ではないから、知覚・感覚・態度を表す状態動詞のいずれかに入るであろうと考えることにしました。


上に挙げた動詞はいずれも語り手の知覚・感覚・態度の表明なのですから、これらの語を使う文はたいてい「何事かについて主語は以下のように知覚する/感覚する/態度をとる」という内容になり、中国語では主語のすぐ後の1動詞として用いられることになるはずです。そしてその後に「何事についての叙述なのか」を述べる2がくる、そういう語順になるはずです。


ところで、なぜこうした文が連動文でないかについては、『Why?』でも「これらは動作の行われる順に動詞が連なっているのではなく、後ろの動詞フレーズが“喜欢” “希望”の目的語になっている構造です」と説明がなされているだけで、私は「順に動詞が連なっている」と考えてたので、どうしてそうなのかがわかりませんでした。

私は「好きである」、「望んでいる」と心の中で思ったことをも広い意味での動作ととったのですが、中国文法学者の多くが「動作」というときはやはりあくまでも動作動詞による傍からもよく観察できる動作のみに限定するのでしょう。そうした厳密な意味での動作を指しているので、これらの文は「動作の行われる順に動詞が連なっている(とはいえない)」となったに相違ない、私はそのように理解することにしました。

私のように知覚・感覚・態度を表す動詞の後に、2となる動詞がつづくのまでを連動文としたら、もうかなりの数になるのでしょうから、連動文とは動作動詞が連続する場合のみに限るとしているのではないのでしょうか。(もしそうならそうとはっきり書いてくれれば、余計な頭を使わずにすんだのですが。)


要するに“喜欢”とか“希望”とか主語となる人物の態度を表す文、あるいは“”とか“”、“知道”とか“觉得” とかいう知覚・感覚を表す語は話題の外枠、額縁と見る考えなのでしょうか。


なるほどそうなのかと納得し、私の連動文に対する定義は間口がひろすぎたと今は思っているのですが、でも中国語の発想というのは、「私は好きである/望んでいる/思っている/こわいと思っている/知っている/感じている。それは一体何をか、……。」という流れになるという私の推測、それは正しいのではないでしょうか。 (そんなこととっくにだれかがいっていることかもしれませんが。)
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by damao36 | 2008-10-08 16:27 | 中国語 | Comments(0)
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