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体感中国語54―中国語も主語はいらないか

モントリオール大学で日本語を教えている金谷武洋さんに『日本語に主語はいらない』(講談社選書2002)、『日本語文法の謎を解く』(ちくま新書2003)、『英語にも主語はなかった』(同2004)、『主語を抹殺した男:評伝三上章』(講談社2006)という一連の本があり、日本語フェチにはかなり話題になっているようです。



遅ればせながら、その中の『日本語には』と『英語にも』を読み、中国語フェチの私は「中国語も主語はいらないか」を考えてみました。

学校文法では「日本語は主語が省略されると説明されているが、日本語はもともと主語をいちいちいわないもので、いわないとわからないときだけ主語を加える。だから、決して省略ではない」というのが金谷さんの主張です。

その日本語主語無用論は『象は鼻が長い』(くろしお出版1960)などの文法学術書のある三上章さん(1903~1971)という方の理論だそうです。三上さんは高校の数学教師であったこともあって、その論は文法学界からは不当に無視された悲劇の学者だそうです。



「日本語に主語はいらない」といわれてみると、確かに私たち会話では主語はいわないことが多いですね。愛の告白なんか、英米人の「I love you.」のように、「私はあなたを愛しています。」といった日本人、これまでいたのでしょうか。せいぜい「好きだよ。」、「好きだ。」ですませているのではないでしょうか。

日本語を学んだ外国人から、「あなたは~ですか。」と聞かれて、忸怩たる思いをしたという人の話も書かれています。

 金谷さんは学生に英語や仏語を日本語に訳させるときは、まず代名詞のところは( )を付けさせて、ここは日本語に訳さなくていいと教えるそうです。



 そういえば、私も日本語の代名詞はなかなか口にはしてないですね。

 上さんを呼ぶときも、「おーい」で大抵すませています。子どもの前では「かあさん」とか「ママ」、孫の前では「うちのばあさん」、これで抵抗はなにもないです。

 初めての人と話をするとき、「あなたのお名前は」といわねばならないときは、ちょっと躊躇してから、いいます。見知らぬ男の足元にハンカチが落ちていたら、「これはあなたのでは」というよりも「これ、おたくのでは」というほうが私には自然です。「おたく」なんてコトバ、一体私はどこで覚えたのでしょうか。



 さて、前置きが長くなってしまいました。

 長くなると、なおさら読んでもらえませんから、今日は結論だけいっておきます。



 中国語も主語をいわなくてもいいときはいわないけれど、「いらない」といってしまうのはちょっと強すぎます。「中国語は主語があってもなくてもいい」――これなら「大方dà fang」(おっとりしている)、いやこれは昔のことで、いまは「馬馬虎虎」(mama húhú)(いい加減、無責任)な人の多い国の言語にふさわしい結論ではないでしょうか。


        (わたしは「馬」でも「虎」でもない、おっとりして、しかも責任感の強い、勤勉な「老鼠」です)
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by damao36 | 2008-07-02 09:25 | 中国語 | Comments(0)
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