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「支那(シナ)」という語はなぜ侮辱語とみなされたのか

 拙著『日英中 中国語文法ワールド』の中国語の名称いろいろ」(P.14)で、「支那語」という項目を取り上げ、「王朝名の秦(しん)に由来するとか。戦前わが国での一般的な呼称。皇軍の大陸侵攻イメージと重なるから,蔑称と受け取られがちである。」と説明しました。
   ※ 『文法ワールド』の「支那」の説明、正確とはいえないので、以下のように訂正します。
   
   王朝名の秦(しん)に由来するとか。戦前わが国での一般的な呼称。わが国
     が中華民国を「支那共和国」と呼び、「中国」「中華」という語を用いよう
     としなかったことから、侮辱語と受け取られた。

 最近ある若い人から、「どうして戦前はわが国の一般的呼称が戦後は蔑称とされたのですか」との質問を受けました。
TSTAYAの教養新書週間ベストテン第1位のケント・ギルバードさんの新著『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇(講談社新書)

の序言に、「はるか以前から日本の中国という地域に住む方々には申し訳なく、本当は抵抗があるのですが、本書は便宜的に中国という表記を使います」と書かれているとも教えてくれました。確かにそう書かれていました。ギルバードさん、本当は「支那」と表記したかったのでしょうか。「支那」という表記で統一されている別の新書も並んでいました。

 このことについてこれまであまり気にしたことがないので、まずはネットの以下のサイトを覗いてみました。

  支那 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/支那

  シナ(支那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由 - Tamacom www.tamacom.com



 「『中国』と呼んではいけない三つの理由」の目次は以下の5項です。
1.
中国の人達の置かれた困った立場
 ・正しい地名が恐くて使えない
2.
中国は由緒ある日本の地名
 ・比較にならない程古い中国の歴史
 ・すべては外務省の通達から
 ・驚くべきマスコミの力
 ・押し付けに従うのはやめよう
3.
シナは世界の共通語
 ・「支那(シナ)は日本人だけが使った差別語である」の嘘
 ・「シナ人はシナと呼ばれることを嫌がっている」のうさん臭さ
 ・「意図的にシナと呼ぶ態度がシナを差別語にしたのだ」のでたらめ
4.
二つの「中国」
 ・中華思想とは何か
 ・新たな秩序を持ち込んだもう一つの中国
 ・シナを「中国」と呼ぶことは日本の基本的立場に反する
5.
なぜ日本人にシナと呼ばれると都合が悪いのか
 ・打ち砕かれた古い中華秩序
 ・シナの独立と乗っ取り
 ・「中国」の意味の変更による侵略の正当化
 ・シナを「中国」と呼ぶことは侵略の手助け

 確かに1・2に書かれているように、中国地方の人は東北や九州出身の人なら「東北人です」、「九州人です」と言っても問題ないでしょうが、中国地方の人は問題ですね。ただ、固有名詞が同じということはよくあることで(中国の地域名に「東北」もあります)、「『中国』と呼んではいけない」問題の本質は3~5でしょう。

 3の「シナは世界の共通語」、確かにそういえそうです。英語のChinaと同根といえそうです。また、漢字文化圏以外の国々に対してはその国々の呼称にいちゃもん付けていません。また、中国・上海のポータルサイト「新浪网」の企業名はこの記事の指摘の通りsina.comでした。孫文も「支那」という語を政治運動の初期には用いていたとのことです。ということは、中国人自身もシナという発音、それに類似する語に特段の差別意識はもともとはないと言えるのでしょう。なのに、どうして清朝政府や中華民国政府は日本政府に対して「支那」という呼称を用いないように外交ルートを通して抗議してきのでしょうか。不快感を示す中国の政治家や知識人たちがいたのでしょうか。相手に不快感を与えることが分かっていても、日本政府はどうして「支那」という呼称を使い続けたのでしょうか。

 戦前の東京帝国大学をはじめとする大学の中国に関する学問の学科名は支那哲学・支那文学・支那語でした。そうした学科名の変更やマスコミ用語から「支那」という語が消えたきっかけは外務省の岡崎という局長の発議からだそうです。その文書を以下に転記しておきます。

  文合第三五七號 

 昭和二十一年六月六日

                                              外 務 次 官(官印)

   内閣書記官長   殿

    支那の呼稱を避けることに關する件

   本件に關し外務省總務局長から六月六日附で都下の主な新聞雜誌社長に對し念のため寫の
  やうに申送つた。右參考のため御送りする次第であるが、機會があつたら御關係の向へも同樣
  御傳へを得たい。

   本信送付先 各省次官、内閣書記官長、法制局長官、統計局長、内閣審議室、各都道府縣、
   終戰聯絡地方事務局長


   中華民國の國名として支那といふ文字を使ふことは過去に於ては普通行はれて居たのである
  が其の後之を改められ中國等の語が使はれてゐる處支那といふ文字は中華民國として極度に
  嫌ふものであり,現に終戰後同國代表者が公式非公式に此の字の使用をやめて貰ひ度いとの
  要求があつたので今後は理屈を拔きにして先方の嫌がる文字を使はぬ樣にしたいと考え念の
  ため貴意を得る次第です

   要するに支那の文字を使はなければよいのですから用辭例としては

    中華民國、中國、民國。

    中華民國人、中國人、民國人、華人。

    日華、米華、中蘇、英華

   などのいづれを用ひるも差支なく唯歷史的地理的又は學術的の敍述などの場合は必しも右に
  據り得ない例へば東支那海とか日支事變とか云ふことはやむを得ぬと考へます

   ちなみに現在の滿洲は滿洲であり滿洲國でないことも念のため申添へます

      昭和二十一年六月七日


                                            岡 崎  外務省總務局長


 この文書に「今後は理屈を拔きにして先方の嫌がる文字を使はぬ樣にしたい」とありますが、当時の日人の「支那」と「中国」という用語に対する考え方にはどういう理屈があったのでしょうか。toma.com記事の4・5と同じな理屈なのでしょうか。

 私自身は支那 - Wikipedia の記事の最後に紹介されているお二人の意見に今のところは賛成なのです。

   加藤徹は「中国人が『支那』という日本語に違和感を感ずるのは、同じ漢字文化圏の国だから
  である。互いの自称を漢字
で書けば、そのまま意味が通じるのに、日本人はわざわざ『支那共和
  国』という国名を作った。中国人はそこに、悪意と屈辱を感じたのだ。国どうしでも個人どうしでも、
  対等の関係なら、相手の自称を認めるのがマナーであろう」と指摘している
。評論家の八幡和郎

  は、著書の中で「支那といっても抗議される由縁はないはずだが、あえて相手の嫌がる呼称を使
  うこともない。それが大人の対応だ」と述べている。

 なお、toma.comの4で「中国」または「中華」という語には中華思想があるという記述があり、その中で「日出處天子致書日沒天子」「東天皇敬曰西皇帝」という聖徳太子の隋王朝に対する堂々たる態度を示す有名な文言を紹介しておりました。おそらく「日本」という国名の由来もこのあたりにあるのでしょう。この「日本」という国名もまたいわゆる中華思想の亜流なのですから、相手も「日本」という国名を受け入れているのですから、わが国も相手がぶっ倒れるまで喧嘩をする気ならそれでもいいでしょうが、そこまでの覚悟は熟してないでしょうから、「中国」と呼ぶのが大人の態度ではと思うのです。

≪追記≫
 「支那(シナ)」という語を当時の中国政府や一般人が侮辱語と感じるようになったのは、支那 - Wikipedia の記事によると、中華民国成立以降のようである。以下にその関連部分を転記しておきます。

   梁啓超1901(明治34年)に「中国史叙論」において「吾人がもっとも慙愧
 にたえないのは、我国には国名がないことである」とし唐や漢は王朝名、支那は
 外国人の使用する呼称、中国・中華は自尊自大の気味があるとしながら「やは
 り吾人の口頭の習慣に従って『中国史』と呼ぶことは撰びたい」と述べている。
 近代主権国家への性向をもつ政治運動で結集核となったのは、清朝というより
 も「中国」であって、この時期に次第に国名として定着しつつあった。辛亥革命
 経て成立した中華民国の国号について、日本政府は正式な国名を使用せず
 伊集院彦吉駐清公使の進言による「支那」を採用した。于紅によれば、これは
 近代日本の対中大陸政策を表徴するものであり、日中関係の不対等化を意味。
 日本政府は中国政府と締結する条約の文面など、正式呼称を用いることが不
 可欠な場合を除き、この共和国に対する呼称を「支那共和国」と称することを定
 めた。以上の結果、日本における「支那」という呼称は、以下の2つの概念に対
 する呼称として使用されることになった。馬廷亮駐日代理公使からは「中華民
 国」を使うようにという抗議があったが、牧野伸顕外務大臣はすでに官報に告示
 済であり、訂正しがたいと回答している。ただし両国間で往復する公文書に際し
 ては、日本文では「支那共和国」、漢文では「中華民国」が用いられることとされ
 た。






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by damao36 | 2017-07-01 09:28 | 中国語 | Comments(0)
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