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125ー英語には未来があるのに推量はない、中国語は未来も推量もない

≪ある東洋人と西洋人との会話≫
A:あれ,英文法には未来形というのはあるのに推量形がない。どうして。
B:未来と言うのは今の自分の位置から見てこれから先のことだよ。世界は自分の周りから徐々に広がってい
  るのだから,その広がりの認識からスタートすべきだからさ。
B:世界は自分の周りから広がるのかなあ。まずは天地があって,そこに自分が生まれただけだよ。他の生き
  物が無心に生きているように,人も自分自分と主張することなんか止めて,自然の中で自然に生きればい
  いのよ。
B:だから君たちは科学技術が遅れたのさ。人は人類の幸せのためにどんどん自然に挑戦しなきゃあ,生き
  てる意味がないじゃあないか。
A:そうかなあ。もうそんな世界になっているから,そうするしかないけど,お天道様はそんな人間世界をどう眺
  めていらっしゃるのかなあ。


 三省堂の『新明解辞典』の助動詞付録には「た」が過去と完了,「う・よう」が未来の助動詞と出ていました。でも,日本語の助動詞の説明で,未来とあるのは少数で,この「う・よう」は「らしい」「べし」「まい」らとともに広義の推量の助動詞とするのがふつうです。

 この語は<断定の助動詞「だ」の未然形+推量の助動詞「う・よう」>で「~だろう」となり,過去の場面では「~た・だろう」,現在の場合では「~ている・だろう」になり,直接過去や現在とはかかわらないから,未来でもいいのでしょう。

 でもこの語の主な意味は①主体の意志 ②客観事実の推量,想像ですから,広義の推量の助動詞の仲間であることも事実です。どうもこの語はたまたま未来とだけしかかかわらない,そんな推量の語なのしょう。

 日本語文法には過去・現在・未来という用語は少なく,未来に代わる語としては推量という用語が目に付きます。過去・現在・未来という概念に欠けるという点では中国語も日本語と同じですが,なぜか推量と言う用語も目にしません。

 <将然>(もうまもなく~する)と言う語を目にしますが,あまり使われない難語なので,<推量>,これは中国語ではあまり使われないので,日中共同で使える<推測>,それを大いに使ったらいい,私はそう考えるのですが。
       ※ 日本語の古語は特に推量の助動詞が多い。「む・むず・べし・べらなり・らし・めり・けらし・なり・
          らむ・けむ・まし・じ・まじ」と13もある。どうしてでしょう。
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by damao36 | 2013-01-15 21:13 | 中国語文法 | Comments(0)