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162―中国語の句読点(标点符号)

 もともと句読点というのは西洋語表記からの影響で,述部が文末にある日本語文では特にもちいられていませんでした。ただ、古来から中国の書籍、いわゆる漢文というものを読解するために、訓点というものがありました。現代英語の表記でも12種類もの記号が使われているのですが、現在の日本語と中国語はどうなのかを調べてみました。

 1906年(明治39年)に文部大臣官房図書課というところが,これまでの日本語表記における句読点の使い方を整理統合して,『句読法案 分別書キ方案』というのを定めました。

 その『句読法案』では、「マル」「テン」「ポツ」(ナカグロ)「カギ」(「」の)「フタヘカギ」(『 』)の5種類の記号を使う,というものです。

 この『句読法案』が基準になって今日に到っているわけですが,大戦後は横書きが多くなり,横書きの場合は西洋語表記にならって書く人もあり,「マル」「テン」の「テン」を「、」ではなく「,」で書く人が多く,現在の横組みの書は教科書も含めて「。 ,」になっています。

 この『句読法案』が「マル」「テン」「ポツ」「カギ」「フタヘカギ」の5種類の記号だけを使うとしているので,西洋語表記にある「:」「;」が使われることはほとんどなく,「?」「!」も使かう場合よりも使わない場合の方が多いです。「-」「――」「…」は論文などでは使われています。



 ところで,中国語の句読点,中国語では“标点符号”といいますが,西洋語表記で使われている記号がほとんど使われており,日本語表記では使わないコロンやセミコロン、疑問符や感嘆符も必ず使われます。

 日本語と中国語で記号の使い方に違いがみられるものに,ナカグロがあります。日本語は「同種のものの並列の区切り」などにもちいいますが,中国語で「並列の区切り」を表すときは「、」を使います。ナカグロの「・」は日本語でもつかわれますが,外国人名の姓名を区切る中間点になります。

 また,会話とか引用文を表す記号が日本語とは違っています。日本語の「」や『』を使っており,中国語も縦書きの場合は同じでしたが,今は横書きが主流になり,“”と‘’を使っています。引用文の中にさらに引用文を用いたときに,日本語は外側の大枠が「」で,内側のは『』になります。中国語の場合は大枠の引用文が“”,その中の引用文が‘’です。

 ()(カッコ)や……(省略記号),――(ダッシュ),-(ハイフン)は日本語でも使われますが,その使い方はほぼ同じです。

 日本語は語句と語句のつながりが連用形とか接続助詞とかいう形をし,述語の部分は必ず文末に来るということからでしょうか,句読点の使用は西洋語よりも,中国語よりも簡潔です。中国語は西洋語よりも幾分多めで,15種類以上もあります。



 。     句号(period)     一つの文を完全に言い切ったところに用いる。「 」及び
                    ( )内でも,文の終止のときに用いる。

 ,     逗号(comma)      文の中で、言葉の切れ続きを明らかにしないと,誤解され
                     る恐れのあるところに用いる。日本語は縦書きは「、」,
                     横書きは「,」が原則。しかし,最近は横書きでも「、」
                     を用いる。                 

 、     顿号          事物を列挙する場合に用いる。日本語は「・」(なかぐる)
                     を用いる。
                 

 ;     分号(semicolon)    二つ以上の節を並列したり,対比したりするところに用い
                     る。ふつう日本語では用いない。(セミコロンまたは点コ
                     ンマ)

 :      冒号(colon)     語句や文を受けて,その具体的な内容を示す。あるいは人の
                     話す内容を示す。ふつう日本語では用いない。(コロンまた
                     は重ね点)

 ?     问号(question mark) 疑問文の最後に用いる。ふつう日本語では用いない。(疑問
                     符またはクエスチョン・マーク) 

 !     叹号(exclamation mark) 感嘆文の最後に用いる。ふつう日本語では用いない。
                      (感嘆符またはエクスクラメーション・マーク)

 ” ”  ’ ’   引号quotation mark) 引用文,会話文であることを示すために,その部分の前後
                       に“ ”を用いる。引用文,会話文の中で,さらに引用文,
                      会話文がある時は,‘’を使う。縦書きのときは『 』「 」
                      を用いる。日本語は「 」。その中でさらに引用文がある
                      時は『 』になる。                   


(  )  括号(brackets()    単語や語句の注釈であることを示すために、その部分の前後
                     に用いる。
                     日本語も同じ。

 ……    省略号         以下の文が省略されていることを示す。日本語も同じ。(省
                     略記号・リーダー・点点)

 ──    破折号(dash)    後に意味の転換または説明や注釈が続くことを示す。(ダッ
                     シュ・中線)

 -      连接号(hyphen)   密接に関連する語句を一つにつなぐ。(ハイフン・つなぎ)

 《 》〈 〉 书名号       書名・雑誌名・新聞名などを示す。〈 〉はその中で,さら
                     に別の書名などを示すときに使う。日本語は『 』を用い
                     る。

 ・       间隔号        外国人の姓名の区切りに用いる。日本語も同じだが,日本語
                     は正式には地名に。人名は=を用いる。

          着重号        強調したい語句の下に・点を打つ。日本語は・または、。
          专名号        固有名詞の下に下線を引く。




 それでは句読点の具体例文として,魯迅が1925年に書いた雑文≪论”他妈的”≫(「他媽的!」について)を挙げておきます。例文は句読点の使い方を見るために,とびとびにですが,三つの段落を抜き出しました。(訳は松枝茂夫『魯迅選集』第三巻・岩波書店)

 なお,句号と 逗号以外の标点符号は字にしました。

   无论是谁,只要在中国过活,便总得常听到他妈的或其相类的口头禅。我想这话的分布,大概就跟着中国人足迹之所至罢使用的遍数,怕也未必比客气的您好呀会更少。假使依或人所说,牡丹是中国的国花,那么,这就可以算是中国的国骂了。
       だれにせよ、中国で暮らしさえすれば、「他妈的!」またはそれに類したきまり文句を、い
      やでも聞かねばならぬ。この言葉の分布は、たぶん、中国人の足跡の至るところに行きわたっ
      ているのだろうと思う。使用の頻度も,おそらくは鄭重な「您好呀」より少ないとは限るま
      い。ある人の言うように、牡丹が中国の「国花」であるとしたら、これは中国の「国罵」とい
      えるだろう。

   他妈的的由来以及始于何代,我也不明白。经史上所见骂人的话,无非是死公”;较厉害的,有老狗貉子”;更厉害,涉及先代的,也不外乎而母婢也赘阉遗丑罢了还没见过什么妈的”怎样,虽然也许是士大夫讳而不录。但广弘明集》(记北魏邢子才以为妇人不可保。谓元景曰,‘卿何必姓王?’元景变色。子才曰,我亦何必姓邢能保五世耶?’”则颇有可以推见消息的地方。 
       この「他妈的!」の由来、またそれがいつの時代に始まったのかということは、私にはわか
      らない。経書や史書に見られる罵り言葉は、せいぜい「役夫」「奴」「死公」といったところ
      で、少しひどいものとしては、「老狗」とか「狢子」(むじな)。もっとひどく、先代にまで
      およぼしたものでも「而(なんじ)の母は婢(はしため)なり」とか「赘阉の遗丑」ぐらいに
      すぎない。士大夫がはばかって記録しなかったのかも知れないが、「妈的」何とかがどうした
      なんてのは、まだ見たことがない。ただ『広弘明集』(七)によれば北魏のは「婦人の貞操は
      あてにならないと考えていた。彼は王元景に向かって、『卿、なんぞ必ずしも王を姓とせん』
      といった。すると子才は『我また、なんぞ必ずしも邢を姓とせん。よく五世を保たんや?』と
      いった」とある。とすれば、いささかその間の消息が推察できようというものだ。

   唐以后,自夸族望的风气渐渐消除到了金元,已奉夷狄为帝王,自不妨拜屠沽作卿士,的上下本该从此有些难定了,但偏还有人想辛辛苦苦地爬进上等去。刘时中的曲子里说:“堪笑这没见识街市匹夫,好打那好顽劣。江湖伴侣,旋将表德官名相体呼,声音多厮称,字样不寻俗。听我一个个细数粜米的唤子良卖肉的呼仲甫……开张卖饭的呼君宝;磨面登罗底叫德夫何足云乎?!”(《乐府新编阳春白雪》三)这就是那时的暴发户的丑态。
       唐以後、家柄を自慢する気風は次第に消え去った。金・元になると、もはや夷狄を奉じて帝
     王としているのであるから、肉屋のようなものを卿士に取り立てても一向差し支えなかった。そ
     れで、以後、「等」の上下が定め難くなったのであるが、それでもやはり苦心さんたんして「上
     等」へ這い上がろうと考える人はいた。の劉時中の作った曲にも言っている。「物を知らぬ町人
     ずれの、笑止千万。朋輩同士、号やあざなで呼び合ってござるが、音も立派なら、字づらも見事
     じゃ。米屋が子良どの、肉屋が仲甫でござる……一膳飯屋の主人が君宝、粉ひき屋が徳夫でござ
     るとはえ。いやはやどうも?!」(『楽府新編陽春白雪』)これが当時の成上がり者の醜態であ
     る。

≪補注≫
 「他妈的」という言葉は本来は性的意味をもったもっとも口汚い罵り言葉ですが,次第に本来の意味がうすれて,悔しいときや腹が立ったときに独り言のように用いられることもよくあります。また,単に物事を強調する挿入句としても使われています。
 例 他妈的、他又来了。(今畜生,あいつまた来やがった。)
   今天他妈的天气真好! (今日は天気がチョーすばらしい。)
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by damao36 | 2010-04-15 19:38 | 中国語文法 | Comments(0)