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体感中国語154―「あいさつ」の語感、語源

 劉有徳氏の『日本語と中国語』(講談社)という本の中に、中国人は「挨拶」という漢字をどう受け止めるかというエピソードが紹介されていました。

 中国作家代表団の団長として来日した馬峰という方が式次第の「馬団長挨拶」というのを見て腰を抜かさんばかりに驚いたそうです。なぜなら、中国知識人がこの漢字からイメージするのは、中国古代の「酷刑」、つまり拷問刑だからです。

 中国語で「」というのは「受ける」の意味で、「」というのは刑罰の道具を指します。その道具とは「五つの小さな木片をくくったもの」で、それを犯人の指に挟んで締め付ける、そういう拷問刑です。

 馬氏はその式次第から自分がそんな刑罰を受けるイメージを、ずっと抱いていたに違いありません。

 中国語なら「马团长致词」でしょう。「致词zhìcí」、昔の日本人なら「辞ヲ致ス」と訓読して理解したことでしょう。

 これはなにも「あいさつ」という語だけに限ることではありませんが、日本語の「あいさつ」という語を他言語に通訳するとき、どんな場面でどんな文脈の中での「あいさつ」なのかで、どうしても訳語が違ってきます。

 儀式のときの「あいさつ」が上記の「致词」でしたが、出会いがしらの「こんにちは」のような会話は「打招呼dǎ zhāohu」です。また、本題に入る前の、あるいは別れ際の他愛のない会話は「应酬话yìngchouhuà」「寒暄话hánxuānhuà」「客套话kètàohuà」です。そのほか「表示敬意biǎoshì jìngyì」とか「回答huídá/回话huíhuà」とか、場面や条件に応じた言い方があるので、やっぱり正確な通訳者になるのはむずかしいですね。

 ところで、「挨拶」という日本語はどこから来たのでしょうか。ネットで調べてみたら、「ことばのレシピ語楽」に以下のように出ていました。

     「挨(あい)」には、「押す、背中を叩く、開く、押しすすむ」という意味があります。「拶(さつ)」には、「責
   める、迫る、はさみつける、押しつける」という意味があります。両方ともに「押す」という意味があることか
   ら、禅宗ではこれらを並べて、門下の弟子僧の悟りの深さを試すための問答のことを「一挨一拶(いちあ
   いいちさつ)」といいます。問答は「複数で押し合う」という意味ですので、それを日常生活にあてはめて、
   安否や寒暖のことばを取り交わすなどのお互いの儀礼をあらわすようになりました。後に略されて「挨
   拶」となり、おじぎや返礼のことも「挨拶」というようになりました。
     「あいさつに行くぞ!」と、隠語として「仕返し」という意味で使われたり、「あいさつ切る」という用例のよ
   うに「人との関係」や「縁」という意味でも使われます。
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by damao36 | 2009-09-25 11:20 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語154―主語は誰か―原爆慰霊碑の碑文

 新中国発足当時の中国指導者の通訳をしていた劉有徳さんの『日本語と中国語』(講談社)を読んでいたら、戦前日本に留学していた知日派の政治家で文学者、中国全人代副委員長をされた郭沫若氏が、広島市を訪れたときの話が紹介されていました。

 郭沫若氏は原爆死没者慰霊碑(世界平和都市記念碑)の碑文「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」を読んで、「この文の主語はだれだろう」と周りの記者に問いかけます。そのあとしばらく歩いて、トルーマン米国大統領の写真の前まで来たとき、「ああ、この方が最後に署名をされたらいいのだ」とつぶやいたそうです。


 調べて見ると、この碑は古典専門の広島大学の雑賀忠義教授が文案を書き自ら揮毫されて、1952年8月に設立されたものだそうです。

 その年に訪れたインドの国際法学者で極東裁判判事を務めたラダ・ビノート・バル博士が、「原爆は日本人が落としたものではない。日本人が主語となるのはおかしい」と、早速疑義を呈されます。

 広島市民の中にも、この碑文は慰霊者の霊を冒涜しているということで、1970年、「原爆死没者慰霊碑を正す会」が発足し、署名活動をして碑文抹消を求めます。

 しかし、当時の広島市長はこのように説明し、碑文は抹消されることはありませんでした。

  「碑文の主語は世界人類であり、人類全体への警告、戒めである」


 その後、1983年に日本語と英語の碑文趣旨の説明板が設置され、2008年には韓国、中国、ロシア、フランス、イタリアの説明版も増設されました。


 その説明板に刻まれている「安らかに……」の部分の中国語訳と英語訳は以下のとおりです。

      请安息吧, 战争错误不再重演!

       LET ALL THE SOULS HERE REST IN PEACE
      FOR WE SHALL NO REPEEAT THE EVIL


 
 なお、広島市の中国語訳が書かれる以前の中国報道記事は、英語訳を参照したのでしょうか、以下のように訳されていました。

       让这里所有的灵魂安息, 为了我们再重演不幸(错误)。
      让人们的灵魂在这里和平地安息吧! 我们再不要重复错误!


http://yutaka901.fc2web.com/page2ax2g.html#8
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by damao36 | 2009-09-16 12:07 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語152―語、複合語、連語

 人類はそれぞれの民族、それぞれの地域で、長い間に形成されてきたいろいろな言葉を使って、生活を営んでいます。また、その中の主要な言葉は固有の文字を持っていて、さまざまな出来事が記録され、同時代の人たち読まれ、後世へと伝達されています。

 私たち日本人は7世紀ごろまでは文字を持つていませんでしたが、漢字の伝来によってはじめて文字を知り、漢字で書かれた中国伝来の書物を読むようになり、やがて漢字をそのまま用いた万葉仮名が、ついでカタカナや平仮名が生まれ、やがてその仮名文字を用いて自分たちの思いを表現し、11世紀には当時の世界の文学作品を見渡してみてもこれほどまでの完成度をもった傑作はないと評価される『源氏物語』を生み出しました。明治維新後は西洋文明の輸入のための翻訳がおこなわれ、同時に言文一致の新しい文学も盛んになり、和漢混淆文体の流れを中心に現代日本語の書き言葉が生まれてきました。

 近代前のわが国周辺の強大国といったら中国王朝しかなく、したがってわが国はじめその周辺の地域は直接的あるいは間接的に中国王朝の支配や影響を受けてきました。

 わが国の場合は海を隔てているという地理的条件が幸いして、朝鮮半島やベトナムなどに比べると、その影響力は小さく、そのために中国文明のいいところを取り入れながら、独自の日本文化を育むということをうまくすることができたのでした。

 また、19世紀に入ると西洋諸国のアジア進出が激化し、東洋の大国清国は西洋列強の前にあっけなく敗れてしまいます。しかし、わが国は清国の轍を踏むことなく、東洋諸国の中では唯一、西洋諸国に伍して列強の仲間に入ることに成功します。


 そうした歴史の中でこの地に住む人たちの言葉は現地語である方言以外に標準化された日本語、「国語」という話し言葉、書き言葉を形成します。

 ところで、日本語がどういう言語の系統に属しているのかというと、いまだ明らかでなく、解明される目途もまだ立っていない状況です。近距離にある朝鮮・韓国語とは語順が似ているなど共通する点もありますが、同系列ともいえません。同じく地理的に近い中国大陸とは語順も発音も朝鮮・韓国語以上に違いは大きく、まったく別系列です。

 にもかかわらず、ときどき日本と中国は「同文同種」といういい方が、特に戦前は多くみられました。そのようにいうのはたいてい日本人で、中国人ではありません。中国人は「一衣帯水」の方を日中関係の枕詞として、今もよく使っています。

 日本人が日本人と中国人は「同種」だと考えるのは、顔がお互い一番似ていると思うからで、「同文」と考えるのはお互いに漢字の読み書きができるからでしょう。しかし、安易に「同文同種」だと思い込むことは、誤解を生じがちなので、この言い方は今は使う人はいなくなりつつあります。

 私たちは『広辞苑』にこの「同文同種」という四字熟語が載っているので、由緒正しい中国古典に典故があるのだろうと考えがちですが、どうも明治以降の日本人の造語で、中国の字書、中国語辞典には載っていません。ですから、中国人はもともとこの言葉は知らないのです。

 作家の陳舜臣さんは、「同文同種」という言葉は「秦の始皇帝が文字と度量衡を統一した時の言葉『同文同軌』(「同じ文字を書き、車は”わだち”の幅が同じである」の意)を、日本人が誤用したものだ」(『日本人と中国人』(祥伝社 1971)と書いています。「」という文字を私たちは「同じ」と訓じ、「同じである」という形容詞として理解しますが、中国人は「同じくする」という動詞の意味にも理解するのです。動詞の意味で理解したら、「同文同種」は「言葉だけでなく、人種まで統一する」という、「民族浄化といったコワイ意味」にもなると陳舜臣さんは指摘します。

 このように同じ漢字を用いるという便利さもありますが、日本語と中国語はもともと別系列の言葉なのですから、同じ漢字でも語感に微妙な違いが生じやすく、無用の誤解を生むこともあるということを自覚する必要があります。


 それではもう少し日本語と中国語の言葉と文字との関係に焦点を絞って、その違いを説明することにします。

 日本語の文章は一般的に漢字が表意、仮名が表音の役割を分担して書かれています。しかし、中国語は世界の主要文字の中では唯一の表意文字である漢字で書かれています。意味と読みからなる漢字のその読み(音)だけを借りて当て字として用いる以下の用法もあるにはありますが、ごく少数です。
  1 音訳の外来語  咖啡(コーヒー)  马拉松(マラソン)
  2 擬声語      当(カチャン)   汪汪(ワンワン)
  3 感嘆詞      哎呀(アレー)    哈哈(アハハ)

 また、漢字というものは漢字一文字がある意味を表すと同時に、その意味の多くは独立した言葉(語)です。したがって、表意文字というよりも表語文字という方が正確だという人も多くいます。

漢字は表語文字であるといっても、それは限りなく100%に近いということで、例外があります。その例外で、私たちが気づきにくいのに形容詞の下位分類と一つである「区別詞」と呼ばれている語群があります。

 例えば「」「」とか、「」「」とかいう語(漢字)です。古典語としては単独で用いることができたのですが、現代中国語では語成分の1要素としてしか用いられず、単用できません。「男子」とか「女性」、「父親」とか「母鶏」とか、後ろに別の名詞をつけて使う用法でしか、現れません。

 「区別詞」については??を参照ください。

上記の語は日本語ではいずれも名詞であり、単用も可能なのですが、しかし、よく考えてみると、これらの語(漢字)は音読みでは単用できず、必ず訓読みになります。


 音読み、訓読みというのが出てきましたので、ついでに補足しておきますが、中国人が日本語を学習する場合、この訓読みというのがなかなかむずかしく、日本語としての漢字を正しく読むにはかなりの学習時間を要することになります。

 中国語の漢字は原則として1字1音節ですが、日本語の漢字は1字が原則として本来の音に擬した音読みとその訳語である訓読みと、最低2種類あるのが原則です。多くはいく通りもの読み方があるのがふつうです。

 例えばよく用いるであろう「」という漢字です。漢和字典を引くとまず「ショウ/セイ」という漢音と呉音の音読みがあります。次に「いかす・いきる・いける/うまれる/はやす・はえる/おう/なる」という動詞、「なま/き/うぶ」といった形容詞としての訓読みがあります。さらに、人名用漢字としての読みがあり、それを数えたら、なんと21もありました。


 また、今は字体の問題もあります。

 私たちが日常使っている常用漢字は中国大陸で用いられている簡体字、台湾、香港での繁体字とは字体の違うものがかなりあります。教えてももらはなければ理解できない字体もたくさん生まれています。なお、シンガポールは簡体字です。

 私たちの常用漢字もまた、戦後の国語の改革で旧字体から略された字体があり、中国もまた文字改革によって旧字体のいわゆる繁体字から大胆に略字化された簡体字が定着しています。台湾、香港は私たちは旧字体、中国は繁体字と呼ぶ古い伝統的な字体をそのまま用いていますので、3つの字体を知っておく必要も生じます。

 また、私たち日本人が漢字を我が物として使いこなす仮定で創出した和製漢字というものもあります。国字ともいい、jis1-2には128字が登録されています。こうした和製漢字は当然中国人には通じないことになります。

 さらにまた、同じ漢字であっても、それぞれの別個にたどった歴史の中で意味が変質したものもあります。よく出される例としたは日本語の「」「」は「走る」「若い女性」の意味であるのに、中国語では「歩く」「お母さん」の意味になるというものです。常用されている熟語(合成語)も意味が違っていたり、意味の範囲が異なっていたりする例もおおく、ここは??「漢字のカン違い」を参照ください。


 以上は漢字が表意、表語文字であるという特色から生じた問題点についてのことでしたが、中国語としての漢字がもつ発音上の特色について触れておきます。

 先に日本語の音読みは中国語の発音を擬したものという説明をしましたが、中国語と日本語の音声構造の違いから、例えば「」という漢字を日本語で「アイ」と発音したときと、中国語音の「ai」とでは声調の有無はさしおいても根本的に大きな違いがあります。それは日本語の「アイ」は「a-i」と2音節になるのですが、中国語の「ai」はあくまでも「ai」で、区切ることができない二重母音の一音節語なのです。「」に限らず、ゴマンとある漢字1字はすべて1音節の語だということです。したがって、2字や3字の複合語(熟語)は2音節語と3音節語であり、四字成句は4音節語になるのです。当然のことですが、漢字10個の一文があれば、その発音は10音節になり、漢字交じりの日本語とは違って、中国語文の文字数は常に音節数と一致するのが原則です。(ただし、何事も例外というのがあるもので、いわゆる“e化”した語の“-”は音節とはみなされず、2字で1音節になります。)


 最後に中国語の単語複合語(熟語)、連語(句:フレーズ)についてまとめておきます。

 まず単語(=語)ですが、これは独立して運用できる、意味を有する最小単位の言葉のことです。ほとんどの漢字1字は単語になりうるのですが、現代中国語の口語体ではしだいに付加的要素だけを示す漢字も多くなりました。
    例:大海   老虎   帽子   花儿

 単語には1音節語と1音節語が2つ以上組み合わされた複音節語(漢字×漢字×…)があり、この複音節語を合成語または複合語といい、熟語といっても同じことです。ただ、熟語といったときに「一定の言いまわしで特有な意味を表す成句。慣用句」という意味もありますので、ここでは2つ以上の漢字の組み合わせという意味で複合語の方を使うことにします。

 3つ目の連語ですが、これはしばしば句とかフレーズ(phrase)とか呼ばれている2つ以上の単語からなる言葉のまとまりで、主述の関係といった節(clause)をなさないもののことです。わが国では句がしばしば節の意味にも使われることがあるので、フレーズ(phrase)のことを短くいうために連語といういい方が使われます。


 この複合語連語の成り立ちはいずれも基本的に中国語の文構造と同じです。いくつかの分類法がありますが、私は主述型修飾被修飾型並列型、動補型動賓型認定関係型接尾語型の7種類に分けておきます。また、連語だけの構造として、連動連語介詞連語方位連語というのを加えまました。

  (基     本     構     造)          (複      合      語)      (連                        語)
1 主述型(NV、NA)             地震             眼热   他来   你好

2 修飾被修飾型(NN、VN、AN、VV)  猪肉 学校  老人      激动学校生活 健康生活   不知不觉
            <adV、adV>    很好  再见

3 並列型(NN、AA、VV)          人民 大小         去看(連動連語とも)
                           学习  猫狗

4 動補型(VV)                 说明            看完

5 動賓型(VN)                 结婚 散步        下雨 有力   吃饭

6 認定関係型(adN、adV)         非法  将来        非官方消息  非看不可   不知道

接尾語型(-子,-儿,-头)           筷子 活儿 老头  
        <-的>                               我的   吃的   坐车来的                   
※1 連動連語(動補型×2 動賓型×2)                    请客人吃饭    借本书看
         (動補型+動賓型)                       找他聊天儿 去上海开会   跑出去开门
※2 介詞連語<介N>                              在日本   从这儿   对学生
                                        为大家   被小偷   比昨天


※3 方位連語<N方>                              床上   家里   开会前   吃饭后
                                       桌子底下   春节以前


    N=名詞(noun) V=動詞(verd)     A=形容詞(adjective) Ad=副詞adverb)
    介=介詞(前置詞) 方=方位詞


 動補型動賓型とを一つとし、補足型などとしている分類もありますが、下位分類でまた分けることもありますので、最初から独立したものとしました。認定関係型がない分類、接尾語型を認めていないのもあります。認定関係型は「副詞+動詞」の構造です。接尾語型は近世以降に生まれた複合語です。

 連動連語型というフレーズは連動文兼語文の主語が省略されたものと同じで、動補型動賓型の複数形、あるいはその合併形でです。この連動連語型介詞連語方位連語は単語の構造としては存在せず、連語だけの構造です。
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by damao36 | 2009-09-15 09:54 | 中国語 | Comments(0)