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体感中国語144―漢文と中国語

 私たち日本人は小学校で教育漢字881 字を、中学校までで常用漢字1858字をマスターし、正式な日本語表記として漢字仮名まじり文を日常の読み書きに使っています。

 また、中学校の国語の授業で漢詩や論語などの章句のいくつかを学び、高校では国語・古典の内容の一半として古文と並んで漢文という主として中国古典の文章を習っています。したがって、大学入試センター試験でも国語という科目200点中50点分は漢文の配点になっています。漢文問題については毎年新聞に掲載されるので、どの程度のものかおわかりでしょう。

 中国語をまったく学んでいない若者が伝統的な訓読方式で、中国でも初級中学以上でなければ学ばないような中国古典の文章を理解することになるのですから、やはり驚嘆すべき、日本人として誇っていい一つの教育方法ではないでしょうか。

 振り返って見ますと、千数百年前、私たちの祖先が始めて目にしたであろう文字が漢字であり、つい百数十年前までは主として漢字の書物を通して多くの文明文化を輸入してきました。また、文字表現も漢字から生まれた仮名文字と漢字そのものを用いて、現在に到っています。


 でも、問題がないわけではありません。

 その最大の問題は、古いものを学ぶ分には確かに有効ではあるけれども、新しい漢字文化を読み解くのに果たして有効なのだろうかということにあると私には思えるのです。

 せっかく身につけた漢文訓読法では同じように漢字だけで書かれている新しい文書を読み解くにはきわめて不十分だということです。要するに、現在の漢文学習と中国語学習とはほとんど接点がないということです。

 中国語の学習があまり意味をもたない時代ならばそれで一向に構わないのですが、今日のように日本と中国とは日常生活にいちばん大切な経済問題でまずは深いつながりができているのですから、これからの日本人は中国語も英語と並んで知らないよりは知っていた方がなにかと有利な時代に入っているはずなのです。

 ですから、せっかくかなりの貴重な時間を費やして日本古典の一つとして訓読方式で中国古典を読み解く学習をしてきたのなら、これからはその学習スキルと中国語学習スキルとの接点を考えてみる、そういうことも重要なのではないでしょうか。


 その接点をさぐるヒントとしていまの私が考えていることを2点、ここに書きとめておくことにします。


1 漢文の構造は中国語の構造と同じだということ

  78「漢字熟語の基本構造」で漢字熟語の説明をしましたが、漢文(中国古典文)の構造もそれに準じており、現代中国語もまた基本的には同じだということです。

20、142、143で既述した現代中国語の「基本的語順」「基本文」「文法成分」などが中国古典語である漢文ではどうなのか、検証してみる必要がありそうです。


2 漢文句法はまとめやすいが現代中国語の表現は複雑だということ

 高等学校の漢文教科書付録にはたいてい以下のような「漢文句法」なるものが付いています。

 【漢文句法】 
 1 否定   2 疑問   3 反語   4 使役   5 受身   6 比較   7 限定・累加   8 仮定
 9 抑揚   10 願望   11 詠嘆 

 それなのに、現代中国語の学習ではそのようなものがないのはどうしてでしょうか。

 古典中国語である漢文はもともと書き言葉であり、人造語でしょうから、容易に上記の11句法にまとめることができるのでしょうが、話し言葉中心である現代中国語は表現法をまとめるのはむずかしいのでしょう。


 現代中国語の文型は一体いくつか、疑問表現などをどう整理したらいいか、私がこれまでさぐってきたのもなにかわかりやすい学習スキルを見つけるためでしたが、かなり混乱してしまっています。でも、いくらかの進歩は見られなかったでしょうか。
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by damao36 | 2009-04-14 11:26 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語143―日英中の文法成分はこうだ

 人が人に語りかけるとき、一語だけで意味を伝えることができる場合もありますが、複雑な自分の意思を伝えようとすると、どうしても多くの単語を並べて表現することになります。

 その並べられた一つ一つの単語がどのような役割をもって、一つの文の中で用いられているのか。そうした文中における単語または単語の集まりが果たす役割のことを文法成分(文法要素)と呼ぶことにします。

 まずは前回で挙げた基本文の例文をもとに、私たちの母国語日本語の文法成分から見てみることにします。

 1 あの子は(が)中学生だ。  
 2 あの子は(が)かわいい。  
 3 あの子は(が)泣いた。
 4 あの子は背が高い。    

 この文は「主語+述語」からなる日本語の基本文だと説明しました。この中の例文の3は動詞述語文なのですが、動詞には自動詞と他動詞があって、この例文は自動詞の例でした。他動詞となると述語動詞の動作が及ぼす相手を必要とするので、そこにもう一つ別の成分(要素)が必要になります。


 それでは他動詞「する」の例で、自動詞の場合とどう違うかを考えて見ることにします。

 3’  あの子は宿題をしている。 
    The boy is doing his homework. 
    那个孩子做在作业。

 日本語例文の後半「宿題をしている」は「宿題」(名詞)と「し」(動詞“する”の連用形)がいわゆる自立語で、日本語は自然な発音で読むと自立語を中心にした文節という最小単位に区切られますので、ここは「宿題を」と「している」の2区分となります。「宿題を」は「している」を修飾しているので連用修飾語と呼び、「している」の部分が述語となります。このように日本語の動詞述語文には主語と述語だけでなく、もう一つ連用修飾語という成分があるということです。これは英語では目的語といわれる成分です。


 さらに、これも前回では触れられませんでしたが、もう一つ大事な成分があります。例えば3’の例文を「青い服を着たあの子は宿題をしている」とすると、下線部はどのような文法成分になるのかという問題です。

 3”  青い服を着たあの子は宿題をしている。 
    The boy in a blue uniform is doing his homework.
    穿着青衣的那个孩子做在作业。

 この下線部は「あの子」という名詞を修飾すます。しかし、それだけのはたらきで、「青い服を着たあの子」を大きな主語と見なすこともでき、主語としての「あの子」のはたらきには影響はありません。このように名詞(体言)を単に修飾するだけの役割をもつ部分を連体修飾語と呼んでいます。

 まとめると日本語の文法成文は主語述語連用修飾語連体修飾語の4つあるということになります。


 それでは英語はどうでしょうか。

 1  The boy is a student at junior high school. 
 2  The girl is pretty.
 3  The baby cried.
 3’  The boy is doing his homework.
 3”  The boy in a blue uniform is doing his homework.
 4  The boy is tall. 

 例文のゴチ部分がすべて動詞です。なぜか英語では述語とはいわずに品詞名です。その前が主語です。

 ならば1の動詞の後の「a student」はなんでしょうか。答えは補語です。主語がどういう性質のものかを補足している部分です。その後の「at junior high school」は副詞句/節(その他の要素)です。オマケ、つけたしの部分です。

 2と4の「pretty」「tall」はともに形容詞ですが、これも補語になります。be動詞といっしょになって主語の状態を補足します。

 3’と3”の「his homework」、この部分、日本語では連用修飾語ですが、英語では目的語です。3”の「in a blue uniform」、日本語では連体修飾語ですが、英語では名詞句/節となります。

 要するに英語の文法成文は主語動詞目的語補語副詞句/節名詞句/節の6つになります。


 それでは中国語はどうなのでしょうか。

 1 他是个中学生。
 2 她很可爱。
 3 那孩子哭了。
 3’ 那个孩子做在作业。
 3” 穿着青衣的那个孩子做在作业。
 4 他个子很高。

 1の「个中学生」、異論のあるところですが、賓語(目的語とも)です。「」は英語のbe動詞に当たるといわれていますので、英語だと「be動詞+名詞」の名詞部分は補語になります。しかし、中国語には別の成分に補語という名称が付けられているので、賓語(目的語)と呼ばれています。要するに動詞の後の名詞はすべて賓語と考えるのです。

 3’と3”「做在」が述語ですから、その後の「作业」は名詞なので賓語になります。3”の「穿着青衣的」は「那个孩子」を修飾しているので日本語と同じ連体修飾語と呼んでも構いませんが、中国語では定語と呼んでいるので、私はではできるだけ定語を使うことにします。なお、3’の「那个孩子」の「那个」は厳密には定語ですが、「あの子」同様面倒なので「那个孩子」で一語とみなしました。

 ここで日本語や英語とは違う中国語独特の文法成分があります。それは補語です。もう一つ、日本語では連用修飾語の一部、英語では副詞句/節になる状語です。

 補語のごく簡単な例は3’と3”の「 做在」の「」がそれに該当します。広い意味では述語に含めてかまわない成分です。詳しくは補語の説明をしている部分をお読みください。

 最後になりますが、4のバージョンで状語の例を挙げて、説明します。

 4’ 他个子比我高。
    彼は私より背が高い。
    He is taller than I am.
 
中国語の「比我」、この部分はどういう状況下で「他个子高(背が高い)」かを述べているので、状語といいます。日本語の「私より」は連用修飾語ですから、わが国の中国語文法で状語を連用修飾語といっている場合も多くみられます。ただ、状語=連用修飾語ではなく、状語=連用修飾語-賓語(目的語)です。英語の「than I am」は副詞節です。

 中国語の文法成文をまとめると、主語述語賓語補語定語状語の6つになります。


 それでは中国語の文法成分の用語解説を付けておきます。

【用語解説】
主語:英語のように文の述語の形を決める主となる語句という意味ではなく、「主格補語」の略語として、「主
    語」という語を中国語文法用語として私は使うことにします。

述語:コトの動き、ありよう、性質などを表現する語。1語とは限らず、ときに述部(述語チャング)の意味で用い
    ることもあります。

賓語:大部分は英語の目的語と同じですが、英語の名詞の補語もふくみます。日本語式命名法なら前者は
    「対象補語」、後者は「同格補語」です。英語の目的語と補語の合わさったものなので、英語の目的語と
    混同しないよう中国語の賓語を使うことにします。

状語:主語(主格補語)と、賓語(対象補語・同格補語)を除いた時間格補語(時間語)、空間格補語(時間
    語)、限定補語(副詞)の総称を「状態補語」とよび、その略称を「状語」とします。

定語:日本語の連体修飾語です。名詞を修飾。限定するので「名詞限定補語」とよび、その略称を「定語」とし
    ます。

補語:現行文法でよばれている補語のことですが、この補語は主格補語や状態補語が動詞の前にあるの
    に対して述語のすぐ後ろにつきます。述語にさらなる結果や様態、可能性や方向、数量などをつけくわ
    える役割です。「述語補完語」とよび、その略称を「補語」とします。
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by damao36 | 2009-04-13 22:24 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語142―日英中の基本文はこうだ

 日本語の主語と述語との関係を考えたとき、一体どのくらいの関係が成り立つのかというと、意外と少なく、以下の4種類だけです。これを日本語の基本文と呼ぶことにします。

 1 あの子は(が)中学生だ。  
 2 あの子は(が)かわいい。  
 3 あの子は(が)泣いた。
 4 あの子は背が高い。    

 「あの子は(が)」が主語で、「中学生だ」「かわいい」「泣いた」「背が高い」が述語になります。

 「中学生だ」は「中学生(名詞)+だ(助動詞)」、「かわいい」は「かわいい(形容詞)」、「泣いた」は「泣い(動詞)+た(助動詞)」、「背が高い」は「背(名詞)が(助詞)+高い(形容詞)」からなっています。

 したがって、1は名詞が述語の中心ですから名詞述語文、2は形容詞述語文、3は動詞が中心ですから動詞述語文です。4は述語の部分が「背が」と「高い」に分けることができ、「背が」が「高い」という述語の主語になります。つまり、この文は述語が「主語+述語」で成り立っているので、主述述語文と呼ばれています。まとめると以下のようになります。

 名詞述語文     あの子は(が)中学生だ。     「~は(が)~である」
 形容詞述語文    あの子は(が)かわいい。     「~は(が)の状態にある」
 動詞述語文     あの子は(が)泣いた。       「~は(が)~する」
 主述述語文     あの子は背が高い。        「~は~が~の状態にある」


 ところで、この文を英語にするとどうなるのでしょうか。

 1 The boy is a student at junior high school.
 2 The girl is pretty.
 3 The baby cried.
 4 The boy is tall.


 おわかりのように3のcryは動詞の過去形で、あとの1,2,4はbe動詞が入っています。したがって、英語には名詞述語文とか形容詞述語文とか主述述語文とかはなく、全部動詞述語文ということになります。ただし、その動詞述語文は一般動詞述語文とbe動詞述語文とにわかれています。


 それでは中国語はどうなのでしょうか。結論から先にいうと、1は違いますが、2,3,4は日本語と同じです。

 1 他是个中学生。
 2 她很可爱。
 3 那孩子哭了。
 4 他个子很高。

 1は「」が動詞ですから、動詞述語文です。それなら中国語には名詞述語文はないのかというと、そうではありません。年齢や時間、数量、天気、出身地などを説明するときに名詞述語文になります。日本語は「~だ(である)」という助動詞が付きますが、中国語は純粋に主語も述語も名詞だけです。

 例 他三十八岁。   (私は38歳です。)
    今天十月一号。 (今日は10月1日です。)

 2の述語の核である「可爱」は中国語でも形容詞で、したがってこの文は形容詞述語文です。形容詞が述語になる場合、英語はbe動詞が不可欠ですが、中国語は日本語と同じで形容詞だけで述語になります。

 3の述語「哭了」は「動詞+語気助詞」ですから、動詞述語文です。

 4は主述述語文です。以下の構造です。この述語文は日本語もですが、述語の核は形容詞ですから、広義では形容詞述語文としてもいいでしょう。
   他  个子  很 高。
   (主語) (述       語)
         (主語)  (述  語)

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by damao36 | 2009-04-13 12:13 | 中国語 | Comments(0)

4月1日の朝日新聞

 4月1日の朝日新聞には「オピニオン」という大型コラムの広場があり、「小沢VS.検察」というテーマで評論家の立花隆氏の寄稿文と検察OBの弁護士宗像紀夫氏へのインタビュー記事が載っていて、読み応えがありました。

 立花氏の見出しは「民主代表のまま裁判を続けるのか 師から何を学んだ」で、宗像氏の見出しは「捜査手法も着手時期も疑問が多い 特捜の体質変容の危機」でした。

 立花氏の内容は小沢氏の師である田中角栄がロッキード事件で起訴されたとき、まずおこなった行為は党には迷惑かけないと自民党離党届けを書いたことで、小沢氏はその行為を学ばず、党を自分の裁判に巻き込もうとしている、それは民主党を道連れにする間違った行為だということでした。朝日の31日の社説と同じスタンスです。

 一番違和感を感じた点は「これは小沢氏個人の問題なのだから」、次に「もっと大きな物が出てくる」という前提でのもの言いでした。

 元検事の宗像氏は見出しにあるように、「捜査手法も着手時期も疑問が多い 特捜の体質変容の危機」です。

 ところで、前回のこのブログで私は「「(朝日は)検察に説明責任はない」という検察OBの堀田力氏の論を……載せたのなら、同じ検察OBの郷原信郎氏の……説をどうして載せようとはしないのでしょう」とイチャモンをつけたのでした。まさかその声が届いたとは思いませんが、小沢問題の捜査に疑問を呈する検察OBの記事を掲載していたことはバランスが取れて、いいことだと思いました。

 なお、3月12日には米コロンビア大教授のジェラルド・カーティス氏の「違法献金事件 検察には説明責任がある」という論文が掲載されていました。ですから、昨日の私の朝日非難はやっぱりイチャモンだったかといささか反省しているのですが、カーティス氏がその論文の中で「(10日の社説)「民主党―この不信にどう答える」を問うだけでなく「検察―この不信にどう答える」という社説も書くべきだ」と述べているのは、わが意を得たりという思いでした。

 それにしても1日付朝日には『週刊朝日』の広告が載っていて、そのタイトルを眺め、執筆者を見ていて、まだ中身は覗いていないのですが、なんとなく本体の新聞論調とは正反対の立場でないのかという感じがし、不思議な感じがしております。

 【週刊朝日・目次(一部)】
  “ザル法”政治資金規正法 検察よ、それならみんな逮捕するのか? 検察の劣化
  民主党「小沢おろし」 お家芸「足の引っ張り合い」が始まった
  涙の小沢会見 報道されなかった“重要部分”
   ジャーナリスト 上杉 隆
  民主主義を否定する特捜検察の横暴    元検事 郷原信郎
  バランス欠如、組織防衛、世論づくり…「衰退の本質」を斬る
    宗像紀夫/室伏哲郎/鈴木宗男/魚住 昭/五十嵐 仁

 上記の記事を読むのは「お後のお楽しみ」にとっておくこととし、新年度朝日のオピニオン・コーナーの新設についての感想を述べると、これはいい企画だということです。

 つらつら考えると世の中の主だったニュースはほとんどテレビやネットで、新聞を読む前に私は知ってしまっています。ですから、新聞を読む楽しみはというと、主として有名人や専門家のコラムとか解説記事なのです。相も変わらぬ新聞創設以来の紙面のレイアウトはもう時代遅れではないのか、そんな感じが強いのです。

 実情をいうと、私は地元紙だけを購読し、他紙は歩いて5分ほどの○○センターで読むことにしています。本当は地元紙もいらないのですが、わが家に1紙もないとドラマばかり見ている内のカミサン、ますます政治音痴になり、また番組表だけはよく見ているので、断らないでいるのです。私一人なら、新聞もTVもやめて、好きな執筆者のネット配信記事だけ受ければそれでいい、かなり本気でそう思っているのです。

        (憧れのマスコミ就職試験に落ちた怨念が、この年になってムラムラと燃え上がる 執念深いネズミ)
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by damao36 | 2009-04-02 08:03 | 政治 | Comments(1)