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体感中国語67―私の好きなニーナ

ニーナといっても金髪のかわいいロシアの少女ではありません。中国語の「ニーナ、Ni3 ne? 你呢? 」のことなのです。


あるとき私はとても愛らしくて元気のいい朱迅に、街で会いました。

「ああ、迅ちゃん、久しぶりだね。元気?」という意味で、中国語で以下のように声をかけました。
海, 小迅, 好久不見。 近來還好嗎?  」( Hi, Xiaoxun, long time no see. How have you been? ) (「海」、本当は「口+海」です。)

迅ちゃん、きれいなチャーミングな声で、こう答えてくれました。
很好, 謝謝。 你呢? 」(おかげさまで。あなたは。 Pretty good, thank you. And you?

私は「相変わらずだよ」(The same as ever.)という意味を中国語で言おうと思って、しかし「老樣子」という単語がすぐに口から出ないで、まごまごしていたら、夢から覚めてしまいました。


ニーナ、Ni3 ne? 你呢? 」、英語なら「And you?」、または「How about you?」でしょうか。日本語なら「あなたは」でしょう。

でも、日本語は代名詞をできるだけ使わないように使わないようにと避ける傾向があるせいか、どうも日本語の「あなたは」は言いにくくて、嫌いです。それなのに、中国語の「你呢? 」は好きなのです。どうしてでしょうか。


この言葉、私はあのCCTVの人気アナウンサー朱迅さん似の女性から、一番最初ににこやかに「你呢?」と語りかけられました。そのせいなのでしょうか。いや、きっとそのせいでしょう。


それに比べて「私は」の意味の「ウォーナ、Wo3 ne?  我呢? 」、これは嫌いです。


理由は毎年めぐってくる忌まわしい「情人節」(バレンタインデー)のせいです。

隣に座っている若くてハンサムなA君、この日が近づくと若い女性からのチョコレートのプレゼントがいっぱいとどきます。私には義理チョコ1個だけです。A君がきれいに包まれた贈り物をもらう度に、私は無意識に「我呢?」(わたしは どうしてもらえないの)とか、「我的呢?」(私の分は ないの)とか、つぶやいてしまうからです。


世の中喜ぶ人がいれば、必ずその影に悲しむ人もいる、どうして若い女性はそのことに気づかないのでしょうか。


            (なにも若い人と競争しなくてもいい年なのに、サガなのでしょうか、悟りきれない オス・ネズミ)
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by damao36 | 2008-08-27 12:06 | 中国語 | Comments(0)

楊逸さんの『時が滲む朝』を読む

今日は昼から○○センターに出かけて、居眠りしながら約3時間かけて、第139回芥川賞の楊逸(ヤン・イー)さんの『時が滲む朝』を読みました。

文化大革命で下放されて中国西北部に住みついた北京大学出身の小学校教師を父に持つ浩遠さんが主人公で、まずは友人の志強と大学入試に挑みところから始まります。

秦漢大学に合格した2人は希望に燃えて学生生活を送り、文学サロンのサークルに入ります。そのサークルが次第に民主化運動に傾斜し、2人とも深く考えることなくデモに参加し、ついには拘束されて、せっかく入った大学を退学させられてしまいます。(このあたりは60年安保でわけもわからず国会周辺のデモに参加したノンポリのわが青春と重なります。)

その後、妹と同居して中国で高校生活をしていた中国残留孤児の娘・梅と結婚し、日本に渡ります。日本語学校に通い、アルバイトをしながら、やがては正社員として日本の社会に受け入れられ、櫻と民生という一男一女にも恵まれます。 (ここは日本に来て生活する多くの中国人の体験と同じでしょう。)

少し違うところは、主人公の浩遠は日本でも天安門の民主化運動の流れをひきづっていることです。日本でも天安門民主化運動グループに属し、民主化されない中国への香港返還に反対し、オリンピックの開催にも反対して署名集めなどをしますが、日本でのこうした運動はいっこうに盛り上がらず、参加する人たちも次第に減っていきます。またこの人たちも必ずしも純粋とは限らない、純粋には生きられないことも知らされます。

中国に残った友人の志強は中国でアート工房を立ち上げ、それなりに成功します。

フランスに亡命した民主化運動の指導者で恩師の甘教授、同じくフランスに亡命した民主化運動中の男子学生のマドンナ英露、この2人もそれぞれの時を刻んで、英露はフランス人との間に生まれた淡雪を連れて甘教授と結ばれます。

中国民主化の指導者であった甘教授もいまやその理想もしぼみ、中国にもどって田舎で小学校の教師になろうと考えるようになり、英露らを連れて日本経由で中国へ帰ることになります。日本で浩遠と再会します。

最後は日本で再会した浩遠は家族4人が甘教授と英露と淡雪3人を成田で見送る場面です。そして別れのときに浩遠がどん底生活をしていたときに何度も聴いた尾崎豊の「I love you.」のCDを甘教授に贈ります。


以上がこの小説のあらすじです。

ところで、この作品のまえに受賞者インタビュー「天安門とテレサ・テンの間で」という記事があり、サブ・タイトルに「5歳で下放され22歳で来日。がむしゃらに走りつづけた波乱万丈の半生」とあり、読んでみたら、44歳の作者の楊逸さん、日本に来てからは日本語学校とアルバイト、大学で地理学を勉強し、日本人と結婚し1男1女をもうけるも、離婚。中国語教師をしながら子育てをし、小説を書くといういろいろある人生でした。この記事の中で、楊逸さん、「日本人と中国人の違いをどんなところで感じますか」という質問に、こんなふうに答えていました。

「たぶん性格ですね。友人から、あなたみたいにいろんなことがあったら、もうとっくに自殺しているよって言われますが、私はなんでもないんです。神経が太いというか、無神経だから(笑い)。

日本の方には、温かいところがたくさんあります。中国人には無神経なところがあるから、日本人のこまかな気遣いになかなか気づかない、申し訳ないんですけど。

でも、日本人はみな真面目で、なんでも重く受け止めすぎますね。もっと楽観的で、無神経にならないと、生きていくのが難しいところもあるんじゃないでしょうか。」



10代、20代を除いて、その後はほとんど小説なんか読まない私、これではいけないかと時に芥川賞だけでもと思って、この賞の受賞作品だけは読むように心がけてきました。しかし、いつごろからでしょうか。女の子がびっくりするようなことを書いたり、時代感覚がないからでしょうが、読んでいてもいっこうに内容が頭に入らず、もう長年読むのをあきらめていました。

それでも、前回の川上未映子さん、歌手として、シンガーソングライターとして活動しながら小説も書いているというので、どんな作品かと、その受賞作『乳と卵』(チチトラン)を読んでみることにしました。

初潮を迎える直前で無言を通す娘と豊胸手術を受けようと上京してきた母親、その妹である「わたし」の3人が、三ノ輪のアパートで過ごす三日間の物語だそうですが、話の筋ならなんとか理解できますが、会話の微妙なやりとりとなると高度すぎて、そのおもしろさがいっこうにわからず、我慢して2時間くらいは読んだのですが、とうとう途中で読むのをあきらめてしまいました。


それに比べたらこの『時が滲む朝』は、私には理解しやすく、途中居眠りはしたものの、最後まで読み通すことができました。

感激することのほとんどない年齢ですから、これを読んでとくに感動したということはありませんが、文学というものはある人の生き方が正しいかどうかが問題ではなく、その人が自分の半生なり、一生なりを振り返ったときに感じるある種のはかなさ、そんなものを描くものなのだろうかなあ、そんなことを感じさせる作品ではありました。

ところで、ここ100年、中国で生まれ、中国で生きる人々は、日本人とはまた違った人生を送らざるをえななかったことでしょう。この作者の半生もまた、インタビュー記事によれば前書きにあるように、この小説の主人公に劣らず“波乱万丈”の半生ですが、成熟社会、平和国日本のぬるま湯につかる日本人に比べたら、“激流”、”激動”の政治の波に翻弄されて生きる現今の中国人は、たいていが“波乱万丈”の人生なのではないか、とも思いました。

それにしても、日本人が中国人の書いた中国人の半生の物語に賞を与えたり、それを熱心に読んだりするのはなぜなのでしょうか、そんな疑問も感じながらこの小説を読み終えました。



≪蛇足≫
もうすぐ末期高齢者なのですが、私も尾崎豊はいい青年だと思うし、「I love you」はいい歌だと思っています。

中国残留孤児の娘で後に浩遠の妻となる梅からもらった尾崎のCDは、希望に満ちた大学生活から一転農民工になった浩遠と志強の心を打つ歌でした。この小説の中で、この歌を聴いたときの浩遠の感想を以下のように描写しています。

「意味のわからない歌詞が胸の共鳴をおさめることもなく、「I love you」と叫び出した瞬間、コンクリートのような何かで固められた己が、どんどん買われて崩れ落ちていって、あっと言う間にガラクタと化してしまう。曲が終わって暫くすると我に戻って、壊れたはずの己が新たな形を成して、身体も妙にすっきりして軽やかになる。」


それでは尾崎豊の歌を聴いてみましょう。
http://jp.youtube.com/watch?v=ERWYegcKF8o
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by damao36 | 2008-08-26 18:26 | 中国 | Comments(0)

体感中国語66―「よろしく」が口癖の日本人

私たち日本人は初対面の挨拶では必ずといっていいほど「はじめまして。どうぞよろしく」といいます。敬語の必要な相手なら「~お願いします」をあとに加えます。さらに身分の高い相手なら、「~お願いいたします」と2重に敬語を用います。

ですから、日本人と付き合いのある中国人は、「はじめまして。どうぞよろしくお願いします」の中国語訳として「初次見面。請多關照(Chu1ci4 jian4mian4. Qing3 duo1 guan1zhao4)という言葉を用意してくれています。

でも、この言葉は対日本人専用で、中国人同士で使うことはないでしょう。ですから、日本人の挨拶語に関心のない多くの中国人がこんな言葉を聞いたら、「日本人はなんでそんなに卑屈になるの」と、きっと違和感を持つのではないでしょうか。


いま、NHK教育テレビの英会話講座に「英語が伝わる100のツボ」というのがあり、3月に放送された第1回目は「よろしくお願いします」がテーマでした。

外国人専用アパートの管理を任されることになった英語がちょっぴり苦手な松平光太郎君、最初の住人たちとの挨拶で、「I'm Matudaira Kohtaro. Please call me Kohtaro. 」というところまではよかったのですが、日本式に「よろしくお願いします」を直訳して、「Please take care of me ! 」といい、住人たちは「?!?」となってしまいます。管理を任された光太郎君が初対面のアパート住民イに「私の面倒を見てください」といったのですから、びっくりでした。

そこで「英語発想のツボ」は「お目にかかれてよかった」と考えることだという先生のアドバイスがあり、正解は「Nice to meet you ! 」でした。


日本人と知日派中国人との会話なら「 你好! (您好! )」」(Ni3 hao3 / Nin2 hao3 )のあとに、「初次見面。請多關照」でもよいのでしょうが、その知日派中国人が日本人とだけの交流ならそれでもいいのでしょうが、欧米人との交流も盛んな今日の中国ですから、日本式を押し通すよりは、やっぱり国際感覚でいかざるを得ないのではないでしょうか。

ここは「よろしくお願いします」ではなく、「お目にかかれてうれしいです」の意味になる中国語、「認識你(您)我很高興! )」」(Ren4shi ni3(nin2) wo3 hen3 gao1xing )といかにもうれしそうに、中国人に負けない大きな声でいうべきではないでしょうか。

また、日本人というのは90度のお辞儀をする人種という中国人がもつ日本人へのイメージをぶちこわすためにも、決して頭なんか低くしないで、相手を睨みつけて堂々と、しかも自信に満ちた笑みをたたえて手を伸ばし、握手をすべきではなのでしょうか。


(ご先祖様は士農工商の商だったのか、頭も下げれば膝まで曲げる、そんな癖の抜けない 自虐的日本ネズミ)
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by damao36 | 2008-08-25 12:37 | 中国語 | Comments(0)

”オグシオ殺せ”と愛ちゃんの”サアー”

夕刊フジが情報元なのでしょうか、オグシオと中国選手の試合に大勢の中国人応援団が駆けつけて、スエマエの中国選手撃退への報復応援として、”オグシオ殺せ!”、”オグシオ殺せ!”の大合唱で、オグシオに圧力をかけたと報道され、恰好の”嫌中”話題の一つになりました。「中国 オグシオ 殺せ」をネットを検索したら、約15万のヒットでした。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080812-00000013-ykf-spo&kz=spo


ところで私は、以前このブログに「愛ちゃんの“サァー”、その意味は?」という駄文を書きました。その文の結論は、かわいい顔して愛ちゃんが叫ぶ”サアー”という掛け声は、実は” sha1”(ぶっ殺せ!)ではないのかという趣旨です。卓球とかバトミントンとかの掛け声は”サアー”、漢字だと” sha1”ではないのか、ということです。

フジ記事の中に<本来はスマッシュの時のかけ声は「扣殺(コーシャー)!」がフェアな応援なのに>という一文がありますが、2字よりは1字の方が基本となる中国語ですから、卓球とかバトミントンとかのとき、中国人はふつう” sha1”、” sha1”と掛け声をかける、それが自然なのではないのでしょうか。



よろしかったら、以前に書いた「体感中国語58―愛ちゃんの“サァー”、その意味は?」をお読みください。
http://damao36.exblog.jp/8204570/



                                (星野プロ野球軍団に一喜”百”憂しながらブログを書く ネズミ)
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by damao36 | 2008-08-23 14:41 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語65―中国悪口言葉(2)

私は体感59で「中国悪口言葉(ワン・パターンとワンパアータン)」というのを書きましたが、「週間ポスト」(8.29号)に企業家で評論家の宋文洲さんが「意外? 操に込められた相手への侮辱」という中国悪口言葉についてのコラムがありましたので、参考までに全文引用しておきます。


千葉県に「我孫子」という町がありますね。でも、日本のことをあまり知らない中国人が「我孫子」を見たら、おそらく大変びっくりすると思います。なぜならばそれが人を罵る言葉だからです。

もともと、中国語で「我孫子」といえば「私の孫」という意味です。ですからもちろん、中国人が自分の孫を「我孫子」と言う時は侮辱する意味にはなりません。しかし、同性で(異性はまた別)、自分の孫でもない人のことを「我孫子」と呼んだ途端、これが相手を罵ることになるのです。

実際、特に中国の古い習慣が残る地方では、相手を罵る時に「我孫子」がよく使われます。これがおそらく儒教と関係があるのではないかと思います。

儒教はお年寄りを大切にするイメージがありますが、その裏に若者が未熟で愚かという考えがペアになっています。孫は子供の子供ですから、未熟のそのまた未熟な人間ということになりますね。

つまり、血のつながりの無い人を「我孫子」と呼ぶことは、相手を「未熟さの極まり」といっているようなものです。

実際にこうした言葉が使われる状況を感覚的に理解していない日本人にはピントこないかもしれませんが、とにかく中国人は「我孫子」といわれると、酷い侮辱に感じるのです。

実は日本語というのは、人を罵る言葉が非常に少ない言葉です。たとえば中国語には、英語の侮辱語「ファック」と同じ意味、同じ使われ方をする漢字があります。皆さんもよくご存知の「操」という字です。

もちろん中国語でも、日本語と同じように「体操」や「操作」などの表現に「操」の字を普通に使っていますが、俗語の中で1文字の「操」(ツアウ)を使うと、間違いなく「ファック」という意味になってしまいます。この「操」の後ろに目的語の「おまえ」とかを付ければ、英語の「ファック・ユー」とまったく同じ使い方になります。

それにしても、なぜ中国人にしろアメリカ人にしろ「ファック」(操)を相手への侮辱だと思うのでしょうか。

ここで私が思い出すのは、猿のマウンティング行為です。立場が上の猿は、よく格下の猿の背中に乗ってセックスするふりをします。オス同士なのにそんなことをするのは決して同性愛行為ではなく、相手が格下であり自分の方が優位にあることを確認するためです。

中国語や英語にある表現はそうした原始の野蛮の痕跡ではないでしょうか。

一方、日本語では「操」は「みさお」とも読み、逆に「節度がある」ことを示しますから、言葉というのは本当意面白いですね。

なぜ日本語がこれほど汚い表現の少ない言葉になったか、私にはよくわかりませんが、相手を罵る言葉のバラエティという点では、日本語は世界的にみても最も少ない方に属しているのではないかと思います。この意味において日本語は本当にきれいな言葉です。

ただ、日本語を使って思い切り相手を罵倒したい時の物足りなさは、日本人の皆さんにはなかなか理解しがたいかもしれませんね(笑い)。



「操 cǎo」という字にそんな意味があるということを初めて知りましたが、あの字、トイレの落書きなどで実際に見聞した「入冠+肉」の字と発音がきわめて似ているので、あのようにも書くのか、それとも教養ある宋さん、そこまでは書けず、誤魔化されたのだろうか、と思いました。

中国で出版されている英語参考書に「十大罵人吵架經典句」(悪口言葉ベスト10)というのがありましたので、これもまた引用しておきます。「人を罵る言葉が非常に少ない」日本語、これらをどう訳したらいいか、みなさん各自で試みてください。

1 Daman it!            (該死! /他媽的!)
2 Go to hell!           (去你的!)
3 Shit!               (倒楣 /他媽的!)
4 Bullshit!             (胡說! /去你的!)
5 You son of a bitch!    (你個狗娘養的!)
6 You dickhead!       (你這個白痴!)
7 You shit head!        (你這個草包!)
8 Fuch off!            (滾蛋!)
9 Asshole!            (混蛋!)
10 Fuck it!            (他媽的煩!)




(この”悪口言葉ベスト10”、罵り度がかなり低く、実際はもっとすごいのがあるんじゃないか、と疑うネズミ)
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by damao36 | 2008-08-23 11:02 | 中国語 | Comments(0)

中国人が中国人であることを誇る歌の数々

北京オリンピックで“微笑天使”、”口パク少女”の林妙可ちゃんが出演したときに流れた「歌唱祖国」(たたえよ祖国)という歌、中国人ならだれでも知っている、1950年に作られた第二の国歌のような歌でした。

スポーツの応援で、デモで中国人が真っ赤な五星紅旗をふりまわす映像をよく見るこのごろですが、あの人たちの心のどこかに、「ウシン ホンチー インフン ピイアオ ヤン五星紅旗迎風飄揚」(ひるがえるわが旗 五星の赤き旗)というあのメロディーが流れているのではないでしょうか。ちょうど戦前の日本人が日の丸の小旗をふるとき、「白字に赤く、日の丸染めて ああ、うつくしや 日本の旗は」という愛国童謡をつぶやいていたようにです。

ところで、今の私たちにそのような祖国をたたえる歌はあるのでしょうか。

みんなで歌って集団の士気を高める歌、軍歌もない時代ですから、せいぜい校歌とか社歌、それにスポーツの応援歌ぐらいでしょう。

中国でも今はこのような集団を鼓舞する歌は祭典とか共産党の会議とかでは歌われるでしょうが、個人の好む音楽レパートリーには入っていないに違いありません。


ところが、中国の歌番組を視聴していて、ときどき中国人としての誇りをことさらに歌う、そんな歌がいくつかあります。「我是中国人」、「中国人」、「龍之傳人」、「我的中国心」、「給我一顆中国心」などです。日本も「大日本人」、「ああ日本人」、「日のもとの子ニッポン人」、「大和魂」、「やまと心を私に」なんて歌を作って、負けずに歌ったらいかがなものでしょうか。


これらの歌、タイトルには少々違和感がありますが、意外といい曲のように、残念ですが、私には思えるのです。あのシナ人、もとい、あの世界の嫌われ者の中国人が、中国人としてのプライドを取りももどすために、どのように自分たちを鼓舞しているのか、まずは聴いてやってください。

http://jp.youtube.com/watch?v=RuweU7Pcouw&feature=related (李克勤「我是中国人」)

http://jp.youtube.com/watch?v=1Bmacckllq0&feature=related (劉德華「中國人」)

http://jp.youtube.com/watch?v=L2vkdM9X8D4&feature=related (王力宏「龍之傳人」)

http://jp.youtube.com/watch?v=kA-zRzyS9zQ&feature=related (「我的中国心」)

http://jp.youtube.com/watch?v=90yKIrzosfM&feature=related (「給我一顆中国心」)

http://jp.youtube.com/watch?v=E1wHE1eFbN8&feature=related (「給我一顆中国心」 カラオケ用)


           (「紀元は二千六百年 ああ一億のとき来る」というメロディーが今も耳に残っている 老ネズミ)
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by damao36 | 2008-08-19 11:50 | 中国語 | Comments(0)

口パク少女の「歌唱祖国」、その歌詞と訳

北京オリンピックの開会式で、中国では“微笑天使”、外国では“口パク少女”として有名になった9歳の林妙可ちゃんが「歌唱祖国」という歌の歌う真似をしました。

http://jp.youtube.com/watch?v=USCFk47OX-o (式典での「歌唱祖国」の歌声と映像)

あの歌、「歌唱祖国」(たたえよ祖国)は、55年年前に私が中国から引き揚げてくるころ、すでに流行っていた歌で、私もよく学校で歌わされた歌の一つでした。

ですから、とってもなつかしく感じたと同時に、この歌は革命愛国歌曲であるはずなのに、それがかわいい少女の歌声で、のびやかにゆったりと童謡のように歌われているので、とっても感心し、新鮮な感じでした。また、小学校低学年の少女が何万人もの、しかも世界最高の指導者たちも見ている前で、よくもまあ歌詞を間違えずに歌い、演技ではありましょうが、とても自然な笑顔で堂々と出演していることにも感心しました。

その後、あの歌は楊沛宜という別の7歳の少女が歌い、式典では妙可ちゃんが口パクをしていたということが判明しました。

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              (右が”微笑少女”の林妙可ちゃん、左が”歌声少女”の楊沛宜ちゃん。沛宜ちゃんもとてもかわいいじゃないですか。)

さらには巨人の足跡の花火はCGで、56民族の少年少女パレードはほとんどが漢族だったということもわかり、せっかくの祭典にケチがついてしまいました。

私は中国生まれの中国育ちのせいか、ついつい中国に肩入れをしてしまう“媚中派”なのですが、どうしてあの国はいつもいつも”嫌中派”をよろこばせるへまをしでかすのかとガッカリしました。

でも、今は「セレモニーは所詮お祭り。みんな“お芝居”じゃないか。中華の民は昔から好くいえばおおらかで、悪くいえばいい加減なのだ。そんなことぐらいで鬼の首でも取ったように欣喜雀躍するのは大人気ない」。無理にそう思ったりしております。

さて、こうした偽装をどう評価すべきかは今後ゆっくり考えるとして、この歌の歌詞とその訳(中国音楽研究会)を記録しておきます。


歌唱祖國(詞曲:王莘)

五星紅旗迎風飄揚, 勝利歌聲多麼響亮﹔
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
越過高山,越過平原, 跨過奔騰的黃河長江﹔
寬廣美麗的土地, 是我們親愛的家鄉,
英雄的人民站起來了! 我們團結友愛堅強如鋼。

五星紅旗迎風飄揚, 勝利歌聲多麼響亮﹔
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
我們勤勞,我們勇敢, 獨立自由是我們的理想﹔
我們戰勝了多少苦難, 才得到今天的解放!
我們愛和平,我們愛家鄉, 誰敢侵犯我們就叫他死亡!

五得紅旗迎風飄揚, 勝利歌聲多麼響亮,
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
東方太陽,正在升起, 人民共和國正在成長﹔
我們領袖毛澤東, 指引著前進的方向。
我們的生活天天向上, 我們的前途萬丈光芒。

五星紅旗迎風飄揚, 勝利歌聲多麼響亮﹔
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。
歌唱我們親愛的祖國, 從今走向繁榮富強。



(訳)
「ひるがえるわが旗 五星の赤き旗
 果てしなき野に山に 勝利の歌とどろく
 讃えよ愛する祖国 限りなく栄えゆく」 (リフレイン)
   波立ち逆巻く
   黄河・揚子江は流れゆく
   美わしき大地 われら愛す祖国
   鉄のごとき団結を
   われらは強く守りぬく

「ひるがえるわが旗 五星の赤き旗
 果てしなき野に山に 勝利の歌とどろく
 讃えよ愛する祖国 限りなく栄えゆく」
   働くわれらは 平和を守りぬく
   苦難をこえて 勝利はわが手に
   祖国の自由 守りぬかん
   祖国の平和 守りぬかん

「ひるがえるわが旗 五星の赤き旗
 果てしなき野に山に 勝利の歌とどろく
 讃えよ愛する祖国 限りなく栄えゆく」
   太陽はのぼりゆく わが祖国育ちゆく
   偉大なる毛沢東 輝く道を示す
   喜びあふれる生活を
   讃えよわれらの中国を

「ひるがえるわが旗 五星の赤き旗
 果てしなき野に山に 勝利の歌とどろく
 讃えよ愛する祖国 限りなく栄えゆく」


                      (”祖国”という漢語よりもなぜか”ふるさと”という和語が今は好きな ネズミ)
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by damao36 | 2008-08-18 14:06 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語64―君は中国国歌の歌詞を知っているのか

北京オリンピックが半ばとなり、その中で中国の国歌を聴くこともしばしばです。

表彰台の日本人選手は国家演奏を静かに聞きいっている姿がほとんどですが、中国選手は口を動かしている人が多い、そんな印象ですが、違っているでしょうか。


さて、この歌の歌詞、ご存知の方も多いでしょうが、改めて紹介しておきます。

起來 ! 不 願 做 奴隷 的 人們 !
把 我們 的 血肉 築成 我們 新 的 長城 !
中華 民族 到 了 最 危險 的 時候, 毎 個 人被 迫 着 發出 最后 的 吼声。
起來 ! 起來 ! 起來 !
我們 萬眾 一心, 冒着 敵人 的 炮火, 前進 !
冒着 敵人 的 炮火, 前進 ! 前進 ! 前前進 !


(訳)
起て,奴隷となるな人々よ。
われらの血と肉で築こう万里の長城を。
中華民族 今 危機にあり。雄たけびあげよ。
戦いに起て,起て,起て。
心を合わせ,砲火を冒せ。
前へ。砲火を冒せ。前へ。前へ。さらに前へ。


この歌はあの国が成立した1949年、暫定的国歌として制定されたもので、原題は「義勇軍進行曲」といいます。

1935年(昭和10年)に制作された、「風雲児女」という映画の主題歌で、作詞は36歳の田漢、作曲は23歳の聶耳という青年でした。
http://jp.youtube.com/watch?v=6icFnCSF2yA&feature=related (1935年に制作された「風雲児女」の映像と歌声)

原題の「義勇軍進行曲」の「義」(人としてやらねばならぬこと)とは、きっと外国の、特に日本の侵略を受けている中華の児女たちが当然なさねばならないこと、つまり「抗日」のことなのでしょう。その「義」のために抗日の銃を取って戦列に加われ、とアジる歌です。

冒頭の「奴隷となるな人々よ」(不 願 做 奴隷 的 人們)の呼びかけ、一体誰の奴隷となるなといっているのでしょうか。当時はクーリー(苦力)と呼ばれた中国人が、いやシナ人が街にはあふれていました。大都会には汚れた人相の悪い車屋があふれ、裏通りのアヘン窟には「メイファーズ」(没法子)が口癖の無気力なシナ人が寝転んでいました。芥川龍之介の『上海遊紀』などに、当時のシナ大陸の第一印象がどんなものであったかが書かれています。 (今の印象と比べたらどうなのでしょうか。)


「東亜病夫」と呼ばれた当時の中華の民は危機に面しているのですから、「われらの血と肉で築こう万里の長城を」(把 我們 的 血肉 築成 我們 新 的 長城)と、ここは雄たけびです。

最後は「砲火を冒せ。前へ。前へ。さらに前へ。」(冒着 人 的 炮火, 前進 ! 前進 ! 前前進! )と、「前へ」を繰り返します。

この部分、日本語訳はどうしても長くなるので省かれていますが、中国語歌詞には「敵人」(敵)という文字がしっかりはいっています。

この「敵人」、一体誰のことなでしょうか。

その当時の「」、それは間違いなく「日本鬼子」でしょう。大日本帝国と誇称していたにっくき「小日本」です。


この歌を作曲した聶耳は中国共産党員でしたから、国民政府による逮捕を逃れ、日本に留学していた兄を頼って、この映画が作られた1935年に日本に来ます。しかし、その年の7月17日の午後、湘南・鵠沼海岸で友人と泳いでいて溺れ、亡くなってしまいました。まだ、23歳でした。
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                        (聶耳肖像と藤沢市鵠沼海岸海岸にある彼の記念碑)



ところで、フランスの国歌もフランス革命のときにマルセイユ義勇軍で歌われた「ラ・マルセイェーズ」ですね。その1番の歌詞は以下のように訳されています。

    いざ  祖国の子らよ  栄えある日は来たり!
    圧制の血に染む旗は  われらにあげられたり!
    かの暴虐な兵士らの  広野に叫ぶを聞かずや?
    われら腕の中に来りて われら妻子を殺さんとす
    武器をとれ 人々よ!  隊伍を組めよ!
    進め!進め! けがれし血をわれらが畑に注がしめよ (美山書房「世界の国歌」から)
http://jp.youtube.com/watch?v=NsYFFsoFgHI (フランス国家「ラ・マルセイェーズ」)


世界で最も文化の香り高いフランスの国歌が「武器をとれ・・・けがれし血をわれらが畑に注がん」とあるのはおどろきです。ここは最近まで「けがれし(ドイツ人の)血」と歌われていたのだとか。直訳すると「のどをかききれ」という語句もあるのだとか。本当でしょうか。


      (これまで「君が代」あまり歌いたくなかったけど、案外のどかな平和な歌かもと思い直している ネズミ)


≪お断り≫
この稿は以前に書いた「君は中国国歌の歌詞を知っているのか」(1~3)を要約・改稿したものです。
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by damao36 | 2008-08-17 13:29 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語63―中国の人名、地名をわが国ではどう読んだらいいのか

いろいろありました北京オリンピックでの熱戦、たのしく見ております。日本選手の活躍もすばらしく、北島選手の2冠はおどろきでした。星野ジャパンやなでしこジャパン、卓球にバレー、レスリングとたのしみはまだまだつづきます。終わってしまいましたが内田や富田の体操、スエマエのバドミントン、柔道塚田の銀などさわやかさ、すがすがしさを得点に入れたら、間違いなく金メダル、そんな印象です。

黄色人種は体力的にも体形的にも白人や黒人にはかなわないという先入観が私には根強くあるのですが、近ごろの日本選手などの活躍を見ていると、そうでもないのかなあと思いはじめています。体力だけでなく、美しさも負けていない、いやアジア人もとても美しい、そんな感じがしているところです。


ところで実況中継放送の中国選手名や競技場の地名の読み方、これからはピンイン表記に近い英語表記の発音が主流になるのかとも思っていたのでしたが、今回はすべて日本式漢字読みに統一して読まれているようです。

でも、一般選手は日本式漢字読みなのですが、北京オリンピックの”ど”派手開会式の総監督をしたチャン・イーモウさん、マスコミではその名前は日本式漢字音ではなく、北京音読みで紹介されています。中国で一番偉い胡錦涛さんは北京音の「フー・ジンタオ」ではなく「コ・キントー」ですが、鄧小平さんも毛沢東さんも日本式漢字読みです。さかのぼって白楽天や李白や杜甫、孔子や老子も、みんな日本式漢字読みです。なのにどうしてチャン・イーモウさんは「チョー・ゲイボー」ではなく、「チャン・イーモウ」と呼ばれ、活字ではカタカナ表記が多いのでしょうか。

このチャン・イーモウさん、日本の新聞では漢字で「張芸謀」だと紹介されています。しかし、この漢字表記を見て、事前の説明がなければ、チャン・イーモウさん、決して自分の名前だとは思わないのではないでしょうか。

なぜならチャン・イーモウ監督、中国では「張○謀」(○は草冠+乙)と書かれるからです。繁体字で書くと「張藝謀」です。中国の「藝」の略字は「○」で、「芸」ではありません。「芸」という字は昔から存在し、「ウン」と読みます。古人が書物の間に挟んで防虫剤として使う香草「芸香」(ウンコウ)の「芸」(ウン)です。だから中国では「藝」の略字は「藝」と同音の「乙」を用いて、新しい形成文字を作ったのでした。


だから、「張芸謀」と表記したら発音が違ってきます。日本式だと「チョー・ウンボー」です。本当は「張藝謀」ですから、日本式で呼ぶなら「チョー・ゲイボー」でしょう。

そこでチャン・イーモウさんが一般人とは違って日本式漢字音ではなく、現地音に近い英語流で呼ばれる理由を以下のように考えました。

中国の地名や人名は中国からダイレクトに日本に伝わったものは日本式漢字読みでよい。しかし、中国の地名や人名が欧米を介して伝わったときは、国際的な発音に従うほうが通じやすいので、原音に近い英語式発音になる。
だから、例えば地名の場合、北京、南京、上海、広東は欧米列強の影響が強かったから、ペキン、ナンキン、シャンハイ、カントンと日本の音読にはない北京音に近い発音が一般化し、香港、澳門、厦門も、たとえ漢字で書いてあっても、漢字音とは無関係にホンコン、マカオ、アモイと英語読みになるのだ。
人名も同じで、日本で知られる以前に欧米で評価された国際スターのチャン・ツィイーとかコン・リーなどは英語式読みになるのだ。


この結論、いかがでしょうか。


今朝の新聞を見ていたら、韓国選手は漢字表記でしたが、北朝鮮選手はカタカナ表記でした。でも、放送ではいづれも現地音に近い呼び方でいっているようです。

中国の人名や地名も現地音表記にする努力(?)がなされていたような感じがしていましたが、今回のオリンピック報道では中国の人名や地名は日本式漢字音で統一して読んでいるので、そのような合意が日中間でなされたのでしょうか。中国の場合、日本人が中国にいったら中国式漢字音で呼ばれるのですから、おあいこです。だから、私も無理して中国式発音に直す必要はないと思っています。

でも、韓国、北朝鮮の場合は事情が中国とはまた違うようです。現地音でいわざるをえないようです。どうしてなのでしょうか。




    (お互いの名前を正しく呼び合えないお隣同士だから、いつまでも仲良くできないのだと思っている ネズミ)
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by damao36 | 2008-08-15 13:42 | 中国語 | Comments(0)

甘粕正彦、内田吐夢、そして中国映画

佐野眞一さんの『甘粕正彦―乱心の曠野』(新潮社・2008)を読んでいたら、満州映画協会理事長の甘粕正彦が服毒自殺したとき、理事長室にいち早く駆けつけ、馬乗りになって甘粕理事長の飲んだ青酸カリを吐かせようとしたのは映画監督の内田吐夢だった、と書いてありました。

第2代の満映理事長になった甘粕は自分の信条とは正反対のはずの左翼かぶれの人でも平気で受け入れていたので、ここには元赤旗編集長とか、戦後「毛沢東思想学院」を作り、赤軍派に肩入れした大塚有章とかいう人たちもいたのでした。

この内田吐夢という人も戦前の日活で『限りなき前進』、『土』などの名作を撮って、高く評価されていた監督なのですが、会社の方針と衝突して、1941年、甘粕の満州映画協会に拾われた人です。

日本の敗戦を迎え、甘粕は自死することを公言しますが、社員たちは理事長を自殺させないように拳銃を隠し、見張り番を立てて警戒します。しかし、甘粕は事務処理が終わった時点で隠し持っていた青酸カリで服毒自殺をしてしまいます。その後の満州映画協会で働いていた人たちは、多くはすぐに帰国するのですが、約80人がその後も中国に残留することになります。

すぐに帰国した映画人は戦後に発足した新しい映画会社の東映に所属し、高倉健の『仁義なき戦い』などの任侠映画を作ります。あの切ったはったは”満州”で地獄を見たからこそできたのでしょうか。

中国残留組は戦後8年たった1953年に帰国するのですが、その間、31本の中国共産党の国策映画製作に協力します。内田吐夢とか木村荘十二といった監督、八木寛という脚本家もその残留組の一人でした。

2005年、NHKで『中国映画を支えた日本人~“満映”映画人 秘められた戦後~』が放映されたそうです。残念ながら私は見ていないのですが、満映に6年間、中国国策映画の製作に8年間従事し、帰国後は新藤兼人らの独立プロで働いた岸富美子さん(現88)という方が語り部となっているドキュメンタリー番組だそうです。

私が大学生のころ、『白毛女』という中国映画があり、大学祭などで上映されたりする、ほとんど唯一の中国映画でした。中国共産党のプロパガンダ映画ではありますが、オペラのように歌が多く歌われ、「北風吹」など、その中国的なメロデーのいくつかはいまも耳に残っています。岸さんはこの『白毛女』をふくむ10本の映画に、フイルム担当としてかかわったのです。
http://jp.youtube.com/watch?v=B_kqzpq03Wc&feature= (映画『白毛女』は新中国成立2年後の作品です。その挿入歌は意外と名曲が多いと思ったのですが、いかがでしょうか。)



さて、内田吐夢という人ですが、工人帽をかぶって帰国した当初は毛沢東思想の信奉者のごとき言動があったそうです。しかし、すぐにベレー帽にパイプといういでたちに戻り、帰国2年後の1955年には片岡知恵蔵、加東大介の『血槍富士』のメガホンを取り、その後は『大菩薩峠・3部作』(1957~59)、『宮本武蔵・5部作』(1962~71)などの大作を発表。一方、 アイヌの問題を扱った『森と湖のまつり』(1958)、部落問題を底流に描いた『飢餓海峡』(1965)など、現代社会の弱者を鋭く照射した、一貫して骨太な男性映画を製作したとのことです。


ところで、北京オリンピックの開会式、いかがだったでしょうか。

お国自慢で鼻に来たという人も多かったでしょうが、あのようにハイテクを自由に駆使し、数千人の群集をまとめきる演出技量には、素直に驚嘆するのも自然なのではないでしょうか。

聞くところによると、演出担当のチャン・イーモウ監督のもとには日本人女性が衣装のコディネイターとして協力していたとのこと。そのチャン監督、もともとはカメラマンだそうですが、その師匠の師匠である、『白毛女』のカメラマンの馬守清さんは満映残留組から指導を受けた人なのだそうです。そのせいかわかりませんが、チャン監督は高倉健を敬愛し、とても親日的です。

『白毛女』には岸さんの名前は中国名で記されており、中国で『白毛女』に日本人が関係したということは語られてはいないそうですが、2005年、北京に開館した「電影博物館」には中国映画の製作に協力した日本人名が記録されているとのことです。岸さんも開館式典のときに日本人の協力者として招待され、『白毛女』の主演を演じた田華さんやカメラマンの馬守清さんなどと再会して、旧交を温められたのだそうです。


      (内田吐夢なんか知らなかったけれども、私も工人帽をかぶって53年に帰国した”中共引揚者”のネズミ)


≪追記≫

日本の国策会社「満映」の文化侵略の効果を、侵略を受けた中国人の映画研究家によって書かれている『満映―国策映画の諸相 』(胡 昶・古 泉 著、 横地 剛・間 ふさ子 訳 現代書館)という本が出版されていました。

帯には「満州映画協会・・・偽の国・満州に造られた文化侵略の工場! その設立から崩壊までを追う迫真の記録!」とあるとのことで、「その論述は優れて客観的である。教条主義的な日本軍国主義批判といったドグマ性を避けている」とフリー・ジャーナリストの上野清士さんは絶賛されていました。

次に読んでみたい本です。 (”満州”にはまると、なかなか足が洗えません。)

≪蛇足≫

赤塚不二夫さんが亡くなりました。”天才バカボン”とか”シエー”とか耳にしたことはありますが、まともにそのご著書は読んだことがありません。でも、赤塚さんが私と同年だということ、しかも”満州”生まれの”満州”育ちだと聞いて、勝手なもので親しみを感じています。そういえば「明日のジョー」のちばてつやさんもそうなのですね。

これもまたどうでもいいことなのですが、ついでに書いておくと、作家の中西礼さん、音楽指揮者の小沢征爾さんも私と同年で、しかも”満州”生まれです。 ソレガドウシタなどと野暮なことおっしゃらないでください。)
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by damao36 | 2008-08-10 21:41 | 中国 | Comments(0)