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体感中国語62―離合詞は間違いやすいですね

この前の「離婚念書」(离婚协议书)の翻訳で、こんな間違いをしてしまいました。

この「念書」にはこんな1項がありました。
「離婚及び中国に帰国後、○男の子供を懐妊しているというような申し立てを一切しない事。」

ここを私は次のように訳しました。
「离婚及回中国后, 请不要提起怀孕○男之子等申诉。」

さて、どこが間違いだったのでしょうか。

「懐妊している」を「怀孕」と訳したところまではよかったのですが、この語を1語の動詞と思いこみ、「怀+孕」は「動詞+目的語」からなる、いわゆる離合詞ということに気づきませんでした。そこで、VO構文の語句の後にさらに目的語となる「○男之子」をつけて、なんとも感じなかったのでした。

正しくは以下のように訳すべきでした。

「离婚及回中国后,请不要提起与○男之子怀孕等申诉。」

なまじ同じ漢字語を使う私たち日本人にとって、離合詞(動詞+目的語構文の漢字語)というのはつまずきやすい個所の一つなのですね。

さて、私がかつて間違った例文、示しておきます。

1 私は公園まで散歩に行きます。
2 私は○○大学を卒業しました。
3 私は2回結婚しました。 (これはフィクションです。)

1 我散步公园。
2 我毕业○○大学。
3 我结婚两次。


以上の訳文はいずれも誤りでした。赤字部分を述語(動詞)と理解していたのですが、中国語の「散步」「毕业」「结婚」はいづれもVO構文のいわゆる離合詞です。正しくは次のようになるのだそうです。

1 我公园步。
2 我○○大学业。
3 我结过两次婚。



「起床、换车、结婚、散步、毕业、帮忙、照相」はよく出てきますが、それ以外にも、比較的よく見かける離合詞を挙げておきます。

帮忙bāng máng (手伝いをする)    保险bāo//xiǎn (保証する)
吵架chǎo//jià (さわぐ)      吃惊chī//jīng   (驚く)   
吃亏chī//kuī   (わりをくう)     成功chénggōng
出差chū//chāi   (出張する)    辞职cí//zhí     (辞職する)
打架dǎ//jià    (けんかする)
打针 dǎ//zhèn (注射する)    发烧 fā//shāo  (発熱する)
干杯 gān//bēi   (乾杯する)     见面 jiàn//miàn (顔を合わせる)
看病kàn//bìng (診察する)     排队pāi//duì    (列に並ぶ)   
请假qǐng//jià (休みを取る)     请客qǐng//kè  (おごる)    
生气 shēng//qì (腹を立て)      随便suí//biàn   (随意である)
谈话 tán//huà (話をする)      投资tóu//zī    (投資する)
洗澡xī//zǎo  (フロに入る)     游泳yōu//yǒng (泳ぐ)
着急zháo//jí    (あせる)
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by damao36 | 2008-07-19 11:10 | 中国語 | Comments(2)

体感中国語61―中国語を中国人はなんというのか

どうしたわけか、わたしが見た限りの日本で出されている『中国語辞典』に、いや中国で出されている『漢語字典』、または『詞典』に、「中国語」という単語、載っていませんでした。

この前中国に行ったとき、得意になってこう言ってみました。
     Wǒ  huì  shuō  yìdiǎndian  zhōngguóyǔ.
   「 我  會    説  一點點    中國 語。」
    (わたしは中国語がちょっとだけできるよ)」

相手はしばらく考えてから、
    Ā, nǐ  huì  shuō  zhōngguóhuà.    Nà,  hěn  hǎo,   hěn  hǎo。
啊, 你  會   説   中 國 話。   那,   很  好,   很  好。」
   (ああ、あんた 中国 話せるのかい、    そりゃあ いい、 そりゃあ いい。)

「中国語」を「中國話」といい代えて、でも、バカにほめてくれました。


ホンコンのタクシーの運ちゃんに言ったら、「 啊, 你 會 説  MANDRIN、 very good ! very good !」でした。


この前台湾に言きましたので、早速「普通話」(pǔtōnghuà)()という単語を使ってみました。

そうしたら、台湾の人、しばらく私の顔をながめて、こういわれてしまいました。                                Ā huì shuō gyóyǔ。 Nà nǐ shì dàlù rén。
  「啊, 會 説 國語。   那、 你 是 大陸 人。」
    (ああ、 国語が話せるって。 そんなら、お前 大陸の人間か。」



そういえばシンガポールでは「中国語」のことを「華語」というのだそうです。昔は「北京話」とか「官話」ともいっていいましたね。


わたしたちが中国と呼んでいる黄色い大地、とにかく日本の26倍もの大陸国家なのですから、いろんな遺伝子の人が住んでいるのですね。56の民族がいるのですから、言葉もたくさん存在するのでしょうね。

その中の9割が漢民族なのだそうで、だから私たちがふつう「中国語」といっているのを、中国では「漢語」、漢民族の使う言葉という意味でそう呼んでいるのだそうです。まったくその方が科学的でもあり、正確だから、それなら日本でも早速使ってみればいいのに、世の中思うように行かないもので、日本語では音読みする漢字語のことをずっと「漢語」と呼んでいたので、使うわけに行かない、そういう事情があるようです。

でも、同じ漢民族といったって、不思議なことに、北の人間と南の人間とでは話がまったく通じない、通訳が必要だとよくいわれています。これまでは人的交流はお役人くらいに限られ、漢字があれば、なんとか共通語の役割を果たしていたのでしょうが、今は庶民の交流は盛んで、昔のようには行かないので、大陸の方では多数決原理によって漢民族の言語である「漢語」を共通語と決め、それを「pǔtōnghuà」(普通語)呼んで、建国以来、その普及に努めてきたのだそうです。



ところで、東京外国語大学名誉教授の岡田英弘さんは「中国語」についてこんなことをおっしゃっていました。
http://www.sankei.co.jp/seiron/etra/no08/ex08-thesis-1.html

 
 (始皇帝が)統一を果たしたあとの前二一九年、始皇帝は漢字の字体を統一して「篆書(てんしょ)」を創りだした。……(その後)始皇帝は民間の『詩経』『書経』などを引きあげて焼いたが、宮廷の学者のもち伝えるテキストはそのままとし、今後、法令を学ぼうという者は吏をもって師となす、すなわち私の学派でなく、公の機関で漢字の使い方を習うことに決めたのである。……。

 ところがこれは、裏返せば、漢字の読み方を秦語にし、秦の方式に統一したということである。……。共通語はまったく存在しなかったのを、始皇帝は強引に漢字の字体を一定にし、三千三百字だけを選んで読む音も各字一つに決めたのである。

 この結果、一つ一つの漢字が意味するところと、それを表す音とが分離して、関係がなくなってしまった。これを秦以外の国の人から見れば、漢字を外国語で読むのと同じことになった。もとは各地方で読まれていたそれぞれの音に意味があったはずだが、こうして漢字の音は、意味を持ったことばではなく、その字の単なるラベルとなった。

 しかし漢字の読み方の統一は、時代が必要としたものだったから、そのまま秦から漢へ継承されて、一定の方式になっていった。

 それから四百年が経って、後漢の一八四年、黄巾の乱が起こった。中国全土は混乱の極に達し、人口は五千六百万人あまりから、一挙に四百五十万人以下に転落した。……。

 このとき、儒教系の学者たちは、それぞれ師匠から口伝を受けていた発音を整理して、漢字の音を伝える「反切」と、それを体系化した「韻書」というものをつくりだした。中国文化の象徴のように言われる儒教であるが、もう少しで断絶する運命であった、古い時代の漢字の読み方を伝えたことに、その存在価値があるのである。

 後漢末に人口の激減した中国に、北方の遊牧民がたくさん移住し、かれらが、隋・唐時代の新しい中国人となった。六〇一年、鮮卑(せんぴ)人の陸法言(りくほうげん)は、漢字音を学ぶために、『切韻(せついん)』という韻書をつくったが、これは六〇七年にはじまった「科挙」の試験の参考書として大流行した。儒教は、その経典類が科挙の出題範囲に定められたため、宗教としてではなく、漢字の用例集としての役割を果たし、知識階級の文章の出典となったのである。

 しかし、このようにしてつくられた「反切」も「韻書」も、当時の中国のどこかの方言を反映したものではなく、まったく人工的な音であった。あくまで文字の世界での出来事であって、ほんとうの中国人のしゃべっている言葉とはなんの関係もなく、中国人それぞれが独立の言語を話していることには変わりはなかった。中国は、秦の始皇帝以来、文字だけ、つまり表面だけの統一を続けて、二十世紀にいたったのである。

 現代中国においても、少数民族の言語以外に、中国語とされていることばだけで何十とあるが、その中で、すべて漢字で書けるのは北京語と広東語の二つしかない。それ以外は、例えば上海語でも福建語でも客家(ハッカ)語でも、文献や標準語からの借用語以外のことばは、漢字では書き表せない。

……。

 日清戦争に負けた清朝は、二千年を超える伝統のシステムを放棄して、日本式の近代化に切り替えたが、このとき、これまで起源の違ったことばどうしの間の仲介役であった文章語も廃棄して、日本語に置き換えた。そもそも漢文の文章語自体が、どの中国人にとっても外国語だったのだから、この切り替えは簡単だったのである。

 やがて日本語の達人の魯迅(ろじん)が現れて、一九一八年、人肉食をテーマとした小説『狂人日記』を発表し、これがもとになって、日本文を一語一語翻訳した中国文が爆発的に流行することになった。これが、すなわち「中国語」の誕生であった。

 しかし、先に言ったように、いまだに中国全土に通用する「中国語」は存在しない。「普通話」は、かつての漢文と同様、地方の中国人にとっては外国語にひとしい。つまり、われわれ日本人が考えるような、同じことばを話す十二億の中国人はいないのである。



岡田さんの論文は、「中国」とか「中国人」とか「中国語」いう呼称の実態はあやふやなもので、したがって、「中国4000年の歴史」というのは単なる宣伝に過ぎないという趣旨です。なるほどと思うとところでした。ただ、引用個所の私が付けた下線部、私にはどういうことかちょっと理解ができませんでした。


また、この論法をいわゆる「日本語」に当てはめるとどうなるのか、とも考えて見ました。

そうすると、私には私たちがいま使っているいわゆる「日本語」(共通語/標準語)も、いわゆる「中国語」の”普通話”と同じようにいえるのでは、と思えたのですが、間違いなのでしょうか。

日常的に方言を使っている日本人、だんだん希少品種になってきているようですが、生粋の青森や鹿児島や沖縄や大阪の人たちにとって、あの共通語(標準語)と呼ばれる「日本語」は、ある意味やっぱり外国語なのではないでしょうか。


         (そのうち人類は英語が共通/標準語になるに違いないよと信じている ムード歌謡歌手 鼠先輩)
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by damao36 | 2008-07-17 20:21 | 中国語 | Comments(0)

地震で真っ先に逃げた先生の話

日本の教育界はいま大分県の裏口合格・昇進問題で、泥沼状態になりつつありますが、お隣の中国では四川大地震のときに、生徒をおっぽり出して一番先にグランドに避難した先生がネットの話題になっているとのことです。

5月12日、都江堰市の光亜中学校(日本の中学・高校)の国語教師範美忠先生が『紅楼夢』の授業をしていたときに地震が起こり、最初のゆれのときは「地震だが、大丈夫」といったそのすぐ後、ものすごいゆれが起こり、先生は思わず「地震だ」と叫んで、自分だけ教室から駆け出し、一目散にグランドに出てしまったということです。

この校舎は校長がしっかりしていて、手抜き工事を許さなかったので、800人余りの生徒たちは全員無事で、範先生の教えていた生徒たちは机の下に避難したあと、ゆれがおさまってからグランドに出てきたとのことでした。

その後、範先生、その日の体験を「その時、大地は動き山はゆれる―“5.12”四川大地震体験記」(那一刻地动山摇——“5•12”汶川地震亲历记)というタイトルでネットに正直に告白します。
http://qbar.qq.com/topic/15904.htm

その告白だけならどうということもなかったのでしょうが、その文章の書き出しというのが、中国社会ももここまで自由に発言できるのかと驚く、とても大胆なものでした。

「私はかつて、自分が米国のような自由で民主的で人権を尊重する国になぜ生まれてこなかったのかと心を痛め、生きる意欲を失ったことがある。大学を卒業した後の苦痛は、このことと関係し、私が17年にわたって受けた教育のくだらなさも、このことと関係している。神よ、あなたはなぜ私に自由と真理を愛する魂を授けながら、私をこんな専制的で暗黒な中国に生まれさせたのですか?」
(我曾经为自己没有出生在美国这样的自由民主尊重人权的国家而痛不欲生!因为我大学毕业十几年的痛苦与此有关,我所受的十七年糟糕教育与此有关。我无数次质问上帝:你为什么给我一颗热爱自由和真理的灵魂却让我出生在如此专制黑暗的中国?)

さらに、こんなことも述べています。

「このような生死を分ける瞬間、私の娘なら私は自分を犠牲にすることができるだろうが、他の人、それが私の母親であってもわたしはかまけることはできないだろう」
(在这种生死抉择的瞬间,只有为了我的女儿我才可能考虑牺牲自我,其他的人,哪怕是我的母亲,我也不会管的。)

「これはひょっとすると自分の言い逃れかもしれないが、わたしはすこしも道徳的にやましいことだという感じはもっていない。わたしは生徒たちに『わたしは刃物をもって悪人と勇敢に戦う人間ではない』と告げるであろう」
(这或许是我的自我开脱,但我没有丝毫的道德负疚感,我还告诉学生,‘我也决不会是勇斗持刀歹徒的人!)

地震が起こったときに生徒に適切な指示を与えずに一番先に逃げ出しておきながら、これは人間本能としては当然なことで少しも疚しいとは思わないという発言に、ネット世論は議論が沸騰し、テレビにも出演し、歌までつくられる騒ぎになったとのことです。



范跑跑之歌http://jp.youtube.com/watch?v=mjRUb7oIsuo&NR=1

范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる
范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる
有一个人             こ奴の名
名字很奇怪          へんてこりんだ
他假装爱自由自在      自由できままが大好きだから
爸爸妈妈他都不爱      パパやママなんかどうでもいいさ
他跑起来比兔子还快     逃げ足ときたらウサちゃんよりはやく
你也许不知道爱而论道    理屈をこねるのもたいへん得意
他的职业却是为人师表    しかも人様の模範の教師をしている
有一天正上课          ところがある日の授業中に
突然间地震了          突然地震にみまわれ
所有学生他都不管了     自分の生徒のことは一切かまわず
范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる
范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる


詳しくは遠藤 誉さんの「教師の告白があぶり出した中国社会の『危機意識』」をお読みください。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080710/165021/?P=1

なお、テレビ出演の動画もありますので、どんな先生かご覧ください。
http://news.qq.com/a/20080607/000041.htm

他錯了嗎? 1~4
http://jp.youtube.com/watch?v=RvMWamhhY9I&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=SEQT8wAoHR8&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=SEQT8wAoHR8&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=6QmYZ4VQ5Qs&feature=related
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by damao36 | 2008-07-15 18:02 | 中国 | Comments(0)

体感中国語60―慰謝料、中国語ではどう訳すのか

中国人と結婚した日本の男性から離婚の「念書」を訳してくれといわれたので、訳してみることにしました。

日本語の「念書」は「後日の証拠として念のため書いて相手に渡しておく書面」のことで、中国語の「念书」は、「読書する。勉強する」の意味ですから、そのまま簡体字になおすわけにはいきません。ここは「离婚协议书」(離婚協議書)とすることにしました。

ところで、「慰謝料」はどう訳すか、辞書を引いてみると、「赔偿费」と「赡养费」というのが出ていたので、まずは「赔偿费」の方を採用することにしました。

ところが、依頼人の日本人男性の話をよく聞いてみると、離婚の原因は男にあるというよりも、どうも仲介者の口車に乗せられて、かわいそうに、この方は被害者ではないのかという気がしてきました。

もし「赔偿费」、日本式漢字表現で書くと「賠償費」という意味の表現をすると、男が非を認めていることになり、被害者ともいえる男性の表現としては適切ではないということが気になり、「赡养费」(扶養費)とすることにしました。


中国のネットで「离婚协议书」の様式を調べてみると、「一次性补偿女性精神损害费」(女性への精神的な損害を補償する1回限りの費用)とか、「一次性补偿女性生活费」(女性の生活を補償する1回限りの費用)とか、「一次性补偿经济帮助费」(女性の経済的な支援を補償する1回限りの費用)とか、日本人なら「慰謝料」ですませてしまうところを、中国語ではこのお金は何に対する補償なのかがはっきりとわかる表現になっています。

男女の関係に「赔偿费」(賠償金)なんて大げさな、日本人の私にはそんな感じがするのですが、英語はどうなっているのでしょうか。
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by damao36 | 2008-07-14 18:12 | 中国語 | Comments(0)

多喜二、大杉―拘束数時間後の死

今、小林多喜二の『蟹工船』がワーキングプアとの関連でよく読まれているというので、遅ればせながら私も読んでみました。感想は前回のブログ「なぜ今『蟹工船』なのか」で書いたように、「いまどきのわけのわからない芥川賞受賞作品よりは筆力もあり、真摯な作品」というものでした。

小林多喜二ってどんな経歴の人なのかと、後ろについていた年譜を見てみたら、その没年の記事には以下のように書かれていました。

昭和8年(1933)30歳
2月20日正午過、赤坂区福吉町付近で街頭連絡中、今村恒夫と共に築地署特高課長に逮捕され、7時前後、同署内で警視庁特高課員の残忍を極めた拷問のため殺される。検事局、警視庁は死因を心臓麻痺と発表し、死体の解剖を妨害して死因の究明を妨げた。23日、自宅にて告別式。同日杉並区堀之内火葬場にて火葬。小樽市奥澤共同墓地に葬られる。3月15日、築地小劇場で全国的な労農葬が行われ、国内外からの抗議、弔辞多数寄せらる。 (手塚英孝編「小林多喜二全集」年譜)


築地署内でどのような残忍を極めた拷問を受けたのかはわかりませんが、正午過ぎに逮捕されて、その日の夜の7時前後に死んだというのはやっぱりとっても不自然なことでしょう。心臓麻痺ということですが、死因の究明のための解剖も妨害したとは、当時の警察権力は、いまではとても想像できない、人権無視もはなはだしいものだったのだなあ、と思いました。


この年譜を見て、私はちょうどその前に読んでいた太田尚樹氏の『満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』(講談社・2005)の大杉事件のところを思い出しました。

大杉事件とは多喜二の死のちょうど10年前、大正12年(1923)の9月16日に、憲兵太尉甘粕正彦が無政府主義者の大杉栄、その妻の伊藤野枝、さらに彼らの5歳の甥っ子橘宗一を、東京憲兵隊司令部応接間で殺害した事件のことです。なお、この半月前の大正12年(1923)9月1日は関東大震災が発生した日で、首都圏は戒厳令が引かれていた異常事態でした。

この大杉栄殺害の直前場面を太田氏は以下のように書いています。

 ……麹町憲兵分隊に着いたのは、6時半だった。 
 それから甘粕らは、大杉たちを同じ建物の階上にある、東京憲兵隊本部の隊長室へ連れてゆき、夕食にてんやもんを取って食べさせた。……。
 時計が8時を回った。森曹長が隊長室に顔を出して、「大杉、ちょっと来てくれ」と、呼びに来た。このとき、うなずいて立ち上がった大杉の横顔を、不安を打ち消そうとする野枝の作り笑いと、宗一の無邪気な笑顔が見送った。

 先に憲兵隊司令部の応接室に入った森曹長は、テーブルの向こう側の椅子に腰掛けると、すかさず、大杉をドアを背にして座らせた。
 硬い表情で無言のままだった森憲兵曹長が、おもむろに口を開いた。
「大杉、お前さんを随分探していたんだ。震災のあと、どこにいた」
 大杉はただニヤニヤするばかりだったが、ややあってから「あんたらも忙しかったみたいだが、こちらもいろいろあってね」と、人を食ったような返答をした。
「ほ、そうかい」
 両者の短い会話が途切れたときだった。急に応接室のドアが開いて、つかつかと男たちが入ってきた。 (89~90ページ) 


この場面はここで終わっていて、そのあと、調書や公判で甘粕自身がこう陳述していると甘粕の言葉を引用しています。

「私はただちに背後から近寄り、右の前腕部を大杉の咽頭部に当てると、左手首を右の掌に握り、後ろに引きますと椅子から倒れましたから、右膝頭を大杉栄の背後に当て、柔道の絞め技で絞殺いたしました」

甘粕自身は甥っ子殺害は否定したとのことですが、とにかく憲兵隊の中枢部で順次このように殺害され、3名の死体はその後、兵に手伝わせてこも包みにして、憲兵隊構内にある古井戸の中に投げ入れて上からレンガで埋めたのだそうです。


まったくやくざ映画ででも見ているような行為ですが、むかしの憲兵隊とかは本当に平気でこんなことをやっていたのでしょうか。

そのような殺害行為をした甘粕正彦は懲役10年の判決を受けますが、3年あまりで仮出所し、夫人とともに外遊したのち、満州に渡り、満州映画会社の理事長として権勢をふるいます。そして”満州の夜の帝王”とまでいわれたというのですから、摩訶不思議な話です。甘粕個人でこのようなことをしたのか、できたのか、太田氏も疑問を呈した書きぶりです。

昨年でしたか、鹿児島県志布志市の選挙違反事例で、家族の名前を踏ませる取調べをしたということで、大騒ぎになり、取り調べた刑事に有罪判決が出て、その刑事は退職金も差止めされて懲戒免職になったニュースがありました。警察庁も取調べの可視化などというのを発表したりしていましたが、そうなるとこれからの刑事さんは取り調べに苦労するなあと同情していたのですが、国家権力、警察権力というのはやっぱりそれくらいしないと油断のならないものなのでしょうね。


なお、『蟹工船』には日本の船団をロシアから守るために帝国海軍の駆逐艦が航行するのを雑夫たちがたのもしく眺める、そんな場面があります。しかし、雑夫たちのストライキがうまくいったと思ったとき、駆逐艦から水兵たちが乗り込んできて、あっさり鎮圧されます。この場面、私は中国天安門事件を連想しました。「人民の軍隊が人民に発砲するはずはない」、純粋にそう思っていた学生たちに解放軍が発砲します。

国家と国民の関係、必ずしも親子の関係みたいではないのですね。


      (日本の近現代史を勉強したらますます”自虐史観”にはまり込む、勉強の仕方をしらない 阿呆・ネズミ)
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by damao36 | 2008-07-06 08:03 | 社会 | Comments(0)

体感中国語59―中国悪口言葉(ワンパータンとワンパターン)

エンジニアの千葉さんの部下の小朱については前にも触れましたが、この青年はとっても明るく社交的で、動きが早く、いつも協力的でした。ところが、小朱の相棒として新入りした小李は小朱とは対照的な性格で、ちょっと内向きで暗く、動きは緩慢で、時に反抗的でさえあります。


小李のところでいつも仕事がスムーズに流れず、なんど注意しても同じ過ちをくりかえします。千葉さん、たまりかねて、声を荒げ、英語に興味があると聞いていたので、英語もまじえてと思って、こう注意しました。

「お前はどうしていつもこうワン・パターンなのか。」(你 為什麼 老是 這樣 one・pattern。 )

すると小李は顔色を変えて、中国人は手より口の方が達者なはずなのに、この小李、逆上してわめきながら飛び掛ってきました。幸い傍にいた小朱がとっさに中に入って押しとどめたので、小李の振り上げた拳は千葉さんには届きませんでした。


それから小朱も小李といしょになって、千葉さんを詰問します。

「部長は“ワンパータン”と最大の悪口をいったのだから、小李に謝りなさい。」と。

いつもになく小朱の態度も強硬です。

千葉さんは注意をしただけで、なにも悪口はいっていないとさらに怒り心頭に達したのですが、彼らの言い分を聞いていると、どうも“ワン・パターン”という和製英語の発音が、中国人にとっては最大の侮辱語、”ワンパータン”に似ている、そのことが小李がキレた原因らしいと気づき、ここは一応謝ることにしました。



さてさて、“ワンパータン”とはどういう言葉なのでしょうか。

 
漢字で書くと「王八蛋 wang2 ba1 dan4」であす。「王八」は動物のカメを指すのだそうですが、どうも性にまつわる悪い意味をもっているようです。蛋白の“”は中国語では卵をさします。卵は鳥類などの生命のおおもと、人間を含めた哺乳類は精子と卵子。それがどうして侮辱語になるのか、わたしにはよくわからないのですが、そういう言葉を浴びせられることは最大の侮辱であるという文化が中国にはあるのでしょう。 



一昨々年、サッカー・アジア大会で、反日騒動があり、中国の若者たちがテレビの前で盛んに腕を伸ばし手のひらを広げて下に向け、「日本人はこれだ」と指を広げて見せる映像がありました。

あの指の形が“ワンパ王八)”なのです。中指が亀頭で、残りの4つの指がカメの足です。(だから、ピースサインも、しっかり2つの指だけを伸ばさないと、外国のことをあまり知らない中国人からみると、不快な印象を受ける可能性もあるのだとか。)



”という語がでてきましたから、さらに補足しますと、“混蛋 hun2 dan4”というのも悪口です。「お前は“バカ”野郎だ」という意味です。日本人は「お前は“バカ”だ」といわれたら、腹が立ちます。でも“バカ”の原義はなんであるのか、長年日本人をやっているわたしも、本当の意味は知りません。中国語の“混蛋”は「お前は“雑種”、いろんな“種”(精子)が混じっているんだ」、どうもそのようなしっかりした意味をもつているのでしょう。昨年のサッカーW杯で、何億人もが見ていた中で“頭突き”をしたジダン、本当はなんといわれたかは藪の中ですが、「お前の姉さんは売女だ」といわれたという報道もありました。ちょうど、そんな語感でしょうか。(同じようような意味の言葉に”笨蛋”があります。”傻瓜”,”二百五”は「うすのろ」でしょうか。)


また、「畜生」と相手に腹を立てるようなときに、中国人はよく「他媽的 ta1 ma1 de」(彼奴のおふくろめ?)といいます。「你是我的兒子Ni3 shi4 wo3 de er2 zi。」(お前はわたしの息子だ。)というのも、逆に「我是你的爺爺Wo3 shi4 ni3 de ye。」(わたしはお前の爺様だ。)というのも侮辱語です。でも、なんといっても一番汚い悪口は「cho4(入冠+肉) 你妈」でしょうか。漢字見たら、意味はおわかりですね。


さてさて、家族を日本に残して単身赴任中の千葉さん、好青年の小朱に対して時に自分の息子のように感じることがあるのですが、「あなたはわたしの息子みたいだ。」といっていいものかどうか、迷っています。


                       (飼い主からいつも”この子は、この子は”と息子のように呼ばれている 老ネコ)
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by damao36 | 2008-07-05 08:57 | 中国語 | Comments(0)

なぜ今『蟹工船』なのか

街の大きな本屋に行ったら、本当に小林多喜二の『蟹工船』が入り口に平積みされていました。帰ってきて私が持っている現代文学全集を調べてみたら、多喜二の『蟹工船』があったので、早速読んでみました。

カムチャッカの三角波の立つ荒海に揺られる大きな船の中で何百人もの雑夫たちが蟹の処理作業をしている、そんなドキュメンタリの映像をみている、そんな感じの小説でした。

ところで、雑誌『正論』7月号に産経新聞文化部編集委員の桑原聡記者のなぜ今『蟹工船』なのか 小林多喜二にすがる危うき現代社会という論文があり、問題点などよくまとめられていました。

この論文、以下の6つの小タイトルで構成されています。
地獄、糞壺、リンチ…
「本物の貧乏」リアル
日本共産党、白樺文学館、雨宮処凛
この行き場のない感覚
このままでは「殺される」?
われら保守だからこそ


この小説から連想されるものは、桑原記者のいうとおり「地獄、監獄、糞壺、虱、蚤、リンチ、少年との交接…、臭気」といったおぞましい現実で、どうしていまどきの若者が読みたくなるのか不思議です。船内の地獄絵がリアルに描かれているので、多喜二は実際にそんな仕事に従事したのかと思いましたが、1926年(大正12年)に「博愛丸事件」というのが実際にあり、銀行員だった多喜二はその事件に触発されて取材して書いたのだそうです。桑原記者も「近現代史の生きた史料としても、大きな位置を持っている作品」と評価しています。私もいまどきのわけのわからない芥川賞受賞作品よりは筆力もあり、真摯な作品だと感じました。

この仮眠状態にあった『蟹工船』の復活を企図したのは「日本共産党、白樺文学館、雨宮処凛」らで、この作品を読んでの感想文としては25歳女性の「私たちは現状への虚無感を抱いて、彼らのように行き場のない感覚をどうしたらよいのか」というのと、34歳女性の「『蟹工船』を読むことは、氏が埋めたタイムカプセルを掘り起こし出して、中に入っている几帳面に折りたたまれた手紙を開いてみるようなもの」という文が紹介されていました。そこで読み取るのは、「イ 一人で戦っては駄目だ。 ロ 団結する仲間は多ければ多いほどよい! ハ 泣き寝入りしないで、最後まで諦めないで、勝つまで攻撃する―そうすれば、あなたは勝つ」ということだとか。


桑原記者の最後の文章は以下のようになっていました。

「……大人たちはこれまで、ワーキングプアが訴える窮状を『この日本でそんなことはありえない』と考え、『世間をなめているから』、『努力が足りないから』といった言葉で彼らを切り捨ててきた。われわれは、殊に保守を自負する陣営は、左派が完全に時流に乗るよりも前に、ワーキングプアの実態を正確に把握したうえで、彼らを救済する方策を考え実行する時期に来ている。多喜二没後75年の年に起こった『蟹工船』ブームを甘くみてはならない。政府与党と財界は本気で慌てるべきだ。」


『文藝春秋』6月号で、ジャーナリストの奥野修司さんがいっている以下の言葉のもつ意味、政府与党と財界は、いや、今度は支持しようかと思っている民主党こそ、本気で考えるべきではないのでしょうか。


「年収200万円を切って”貧困の連鎖”を繰り返しているうちに、やがて年齢とともに、バケツのそこが抜けたように奈落へ向かう日がやってくる」(「小泉改革の犠牲者たち 希望全く持てない新・貧困層の悲痛な叫び」)


また、4日の辺見庸さんのコラムに、教え子のフリーター青年の言葉として、上のものいいに似た表現がありました。

「ぼくら、いったんプレカリアートとしてアンダークラスにくみこまれたら、袋小路からぬけだすのは不可能にちかいいんですよ」


なお、道真さんのブログ「都市伝説的 雑学」に生活格差(ワーキングプア)を本気で考えるための動画として、昨年5月にNHKクローズアップ現代で放映された「ワーキングプア アメリカからの警告」が紹介されていました。ご覧ください。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=569088


               (どういうわけか近ごろは朝日よりも産経記者の書くものに目がいく ヒダリ利きネズミ)
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by damao36 | 2008-07-03 09:41 | 政治 | Comments(0)

体感中国語58―愛ちゃんの“サァー”、その意味は?

卓球って、わたしにはまったく無関係だったのですが、5年ほど前から家の上さんがバドミントンクラブから卓球クラブに”宗旨”替えして、卓球がわが家の一部に入り込んでしまいました。

ついに昨年は6畳ふた間をひとつにして、床張りにし、簡易卓球台を置くことになりました。運動音痴のわたくしも週に何回かは玉送りに汗をかくことになりました。

とにかくうちの上さん、週に何日卓球をしに出かけているのでしょうか。公民館に福祉館、社会保険センター、それに近くの体育館に隣町の体育館・・・と、いろいろと渡り歩いています。

わたしも感化されて、いまは卓球試合のビデオを見たり、卓球のニュースに注目したりするようになってしまいました。



ところで、21日からクロアチアで卓球世界選手権がはじまります。この15日、日本女子代表の福原愛(18)ちゃんや14歳で初出場の石川佳純ちゃんらが出発しました。今度の大会、この2人の10代選手の活躍、大いにたのしみです。



そこでわたくし、福原愛ちゃん(もう大学生ですから愛さんというべきでしょうが)の掛け声、“サァーについての謎”の解明に迫ってみようと思い立ちました。



まず仮定の命題を立ててみました。もしこの掛け声を中国人の記者が取材して、表音文字のない中国語で表記するとしたら、どのような漢字を当てるだろうか、と。


ところが、その命題を思いつくと、結論は意外なほど簡単に出てしまいました。



ピンインなら、“Shā  ”、漢字なら、”  “。



なぜそうなのかというと、卓球やバドミントン、テニスなどでスマシュを促すとき、中国人は“Shā ! Shā ! ”、” 殺 ! 殺 ! “というからです。「やれ!やれ!やっつけろ!」、あるいは「打て! 打て!」といった意味合いなのでしょうが、直訳するなら、「ぶっ殺せ!」、「ぶっ殺した!」ではないのでしょうか。



かわいい顔して愛ちゃん、ぶっそうなものいいをしているのですね。きっと中国選手たちもそういっているのでしょうから、”卓球王国”中国の鼻を明かすためにも、特に中国選手との試合の時には、このわかい2人には大きな声で、“Shā ! Shā ! ”、” 殺 ! 殺 ! “と叫んでもらいたいものです。

わたしたちもいっしょに”サァー! サァー!”と吶喊 助威 na4 han2 znu4 wei1 、つまり中国人に負けない大声で喚声をあげ、応援しましょう。



                          (かわいい愛ちゃんになら殺されてもかまわないと思っている ネコ)



≪蛇足≫

卓球は中国語ではpīngpāngqiú 乒乓球、バドミントンはyǔmáoqiú 羽毛球、テニスはwǎngqiú 網球です。

また、バスケットボール(lánqiú 籃球)やハンドボール(shǒuqiú 手球)などのシュートやスマッシュを促すときは「Tóu! Tóu! 投! 投! 」、サッカー(zúqiú 足球)は「Shè! Shè! 射! 射! 」、バレーボール(páiqiú 排球)のスパイクは「Kòu! Kòu! 扣! 扣! 」と具体的な動詞を使っていうのだそうです。
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by damao36 | 2008-07-02 10:09 | 中国語 | Comments(0)

体感中国語57―『雪国』冒頭文についても補足

子欲居さんからコメントいただきました。ありがとうございました。

中国語は英語のように動詞の後に目的語がくるので、日本語よりも英語に近いと考えられがちですが、意外と共通点も多いですね。古文よりも漢文の方が理解しやすいこともあるので、子欲居さんのおっしゃるとおり、漢文訓読文体や漢語を通して中国語的発想が私たちの使う現代日本語に影響していることも多いのでしょう。

さて、昨日の記事について、補足したいことが出てきましたので、「『雪国』冒頭文についての補足」として、以下に書いておくことにします。




『雪国』の原文とその日英中文は以下のとおりです。

(原 文) 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

(英語訳) The train came out of the long tunnel into the snow country.


(中国語訳) 穿過県界長長的隧道,便是雪國。



以上の日英中のそれぞれの文構造を、私は以下のように図解しました。


(日本語) 国境の  長い  トンネルを   抜けると   雪国であった。
         (修飾語)    (修飾語)   (被修飾語)
         (連     用     修     飾     語)   (述    語
         (連        用        修         飾         語)     (述       語



(英 語) The train  came out of the long tunnel into the snow country. 
       (主   語)  (述語・動詞)  (副     詞     句)    (副       詞      句)



(中国語) 穿過  県界  長長的  隧道,  便是  雪國。
             (修飾語)    (修飾語)    (被修飾語)
         (述語)    (目           的           語)       (副 詞)   (述語





この図解で私がいちばんひっかかったのは、中国語文の最後の「便是  雪國」でした。

昨日は現行の一般的な中国語文法書に従って、「便(副詞) 是(動詞)  雪國(目的語) 」としていたのでしたが、以下の理由で、「便是(副詞)  雪國(名詞) 」に改めました。

理由は中国語動詞「是」が英語の「be動詞」に該当するとしたら、「be動詞」の後ろの名詞は目的語ではなく、補語となります。しかし、現行中国語文法ではほとんどが目的語としており、ここのところをはっきり説明しているものが皆無なのです。「雪國」がどうして目的語なのか、私には理解できないので、困ってしまいました。

そこで、手元の中国語辞書で「便是」を引いてみました。「便」は副詞と出ていますが、「便是」は一語としてはあつかわれていませんでした。だから、、昨日は「便是」は「副詞+動詞」としたのでした。

ところで、「便」という語は「就」という語と同じ意味があります。「就」には「就是」という語が認められていて、「範囲を限定し、他を排除する」副詞と説明されています。

「便=就」なら、「便是=就是」としても、意味に変わりはないのだから、いいではないか。なにせ中国語の辞書に品詞区分が明記されだしたのも、ここ半世紀内のことだから、まだまだ中国語文法は過渡期のようだから、そのうち私の説は認められるにちがいない。そう思って、「便是」もりっぱな副詞だと認定したのでした。

 



ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、この図解から、主として日本語と中国語の共通点を整理しておきます。


≪日中文の共通点≫

1 日中文とも無主語文です。

日中文とも主語がありません。金谷文法で説明すると、これは主語が省略されているのではなく、もともと主語は必要としないということです。日中文とも主語を加えることは可能ですが、加えると悪文になってしまいます。

2 日中文とも名詞述語文です。

英語は動詞述語文しかありませんが、中国語は日本語と同じで、ほかに名詞述語文、形容詞述語文があります。

動詞述語文は文が動いています。名詞述語文は、名詞というのは存在しているモノの名前ですから、動きではなくて、ある状態が目の前に存在していることを伝える文です。

いま人気の”ハートで感じる英語塾”の大西泰斗先生は「(英文の)過去形は『遠く離れた』をあらわす形。過去形を使うとき、その目は遠くを見つめています。」といっています。この英訳文は「came」という過去形ですから、この文を英訳で読むと、どこか離れたところからトンネルを出てくる列車を見ていることになってしまうのでしょう。




この文だけから日英中文の特徴をズバリというのはムチャな話ですが、でも、「瓢箪から駒」ということもありましょうから、あえて思い付きを書いておくことにします。

日本語=連用修飾語という大風呂敷を述語は背負っています。
英  語=主語と動詞が合体し、あとは後ろに並べておきます。
中国語=物事の順序に従って、細切れに述語を連発します。




                              (マルチリンガルに近づきつつある、でも余命いくばくもない ネズミ)


≪蛇足≫
中国語は日本語と同じで、テンスというものはないといわれています。

日本語の「雪国だった」の「~た」は過去というよりも完了実現でしょう。中国語の「穿過」の「~過」も完了体験に過ぎず、英語の過去形のような距離感、「遠いまなざし」は欠けています。その代わり、過去の出来事も目前で展開し、存在している、そんな感じはしないでしょうか。

中国語も日本語も過去の話をするときは、話者も聞き手も、その時点まで出かけて話している、きっとそうだと思うのです。でも、英語のような距離感、立体感を表す、例えば完了形とか進行形とかは、中国語や日本語では一体どのように表現するのでしょうか。
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by damao36 | 2008-07-02 10:03 | 中国語文法 | Comments(0)

体感中国語56―『雪国』冒頭文の日英中文の比較

金谷武洋さんの『英語にも主語はなかった』(講談社選書2004年)という本の中に、かつてNHK教育テレビの「シリーズ日本語」という番組で、池上嘉彦という方が川端康成の小説『雪国』の冒頭文についておもしろい実験をしていたということが紹介されていました。

その実験というのは、『雪国』のE.サイデンステッカーの英訳本から、その冒頭文を抜き出し、英語の話者に示して、そのイメージを絵に描いてもらうということでした。

『雪国』の原文とその英訳は以下のとおりです。

(原 文) 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

(英語訳) The train came out of the long tunnel into the snow country.


その結果は、汽車の中からの情景を描いたものは皆無で、全員が上方から見下ろしたアングルでトンネルを描いていたとのことです。この文の話者の視点は明らかに「汽車の外」からで、トンネルからは列車が頭を出しており、列車内に主人公らしい人物を配したり、トンネルの外には山があって、何人かは雪を降らせたりしていたそうです。


「原作では汽車の中にあった視点が、英訳では汽車の外、それも上の方へと移動している。本書で『神の視点』と呼ぶのは、この視点のことである。」
 (上掲書29ページ)

英語のこのような視点を金谷さんは「神の視点」と呼び、それに対する日本語の視点を「虫の視点」と呼んでいます。

ならば、中国語はさしずめ「小鳥の視点」ではないのか、と私は想像しているのです。 (以下の記事参照ください。)

  http://lailai-hanyu.at.webry.info/200712/article_2.html(中国語は「草花型」で、「小鳥の視点」)
  http://lailai-hanyu.at.webry.info/200712/article_1.html(「中国語も主語はいらないか」)




ところで、『雪国』の冒頭、中国語ではどのように訳しているのでしょうか。叶渭渠という人が訳した『雪国』(人民文学社2002年)では以下のようになっています。 (簡体字は繁体字に直しました。)

(中国語訳) 穿過県界長長的隧道,便是雪國。




以上の日英中のそれぞれの文構造を、以下に私なりに図解してみました。


(日本語) 国境の  長い  トンネルを   抜けると   雪国であった。
         (修飾語)    (修飾語)   (被修飾語)
         (連     用     修     飾     語)   (述    語
         (連        用        修         飾         語)     (述       語



(英 語) The train  came out of the long tunnel into the snow country. 
       (主   語)  (述語・動詞)  (副     詞     句)    (副       詞      句)



(中国語) 穿過  県界  長長的  隧道,  便是  雪國。
             (修飾語)    (修飾語)    (被修飾語)
         (述語)    (目           的           語)       (副 詞)   (述語



さて、中国語は日本語に近いのでしょうか。それとも、英語でしょうか。


                                 (なんにもならないのにますます語学オタクにはりこむネズミ)


≪追記≫12.30

中国語文の最後の「便是  雪國。」は、昨日は現行の一般的な中国語文法書に従って、「便(副詞) 是(動詞)  雪國(目的語)」としていましたが、以下の理由で、「便是(副詞)  雪國(名詞)」に改めました。

<理由>
中国語動詞「是」が英語の「be動詞」に該当するとしたら、「be動詞」の後ろの名詞は目的語ではなく、補語のはずです。しかし、現行の中国語文法ではほとんどが目的語とするか、ここのところの説明をしっかりしているのは皆無のようです。

また、手元の中国語辞書には「便」は副詞と出ていますが、「便是」は一語としての説明はありませんでした。しかし、「便=就」ですから、「就是=便是」と解して、「範囲を限定し、他を排除する」副詞と訂正することにしました。
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by damao36 | 2008-07-02 10:00 | 中国語文法 | Comments(0)