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君は中国国歌の歌詞を知っているのか

 北京オリンピックが半ばとなり、その中で中国の国歌を聴くこともしばしばです。

 表彰台の日本人選手は国家演奏を静かにききいっている姿がほとんどですが、中国選手は口を動かしている人が多い、そんな印象ですが、違っているでしょうか。


 さて、この歌の歌詞、ご存知の方も多いでしょうが、改めて紹介しておきます。

 起來 ! 不 願 做 奴隷 的 人們 !
 把 我們 的 血肉 築成 我們 新 的 長城 !
 中華 民族 到 了 最 危險 的 時候, 毎 個 人被 迫 着 發出 最后 的 吼声。
 起來 ! 起來 ! 起來 !
 我們 萬眾 一心, 冒着 敵人 的 炮火, 前進 !
 冒着 敵人 的 炮火, 前進 ! 前進 ! 前前進 !

  (訳)
   起て,奴隷となるな人々よ。
   われらの血と肉で築こう万里の長城を。
   中華民族 今 危機にあり。雄たけびあげよ。
   戦いに起て,起て,起て。
   心を合わせ,砲火を冒せ。
   前へ。砲火を冒せ。前へ。前へ。さらに前へ。


 この歌はあの国が成立した1949年、暫定的国歌として制定されたもので、原題は「義勇軍進行曲」といいます。

 1935年(昭和10年)に制作された、「風雲児女」という映画の主題歌で、作詞家は36歳の田漢、作曲家は23歳の聶耳という青年でした。
 http://www.youtube.com/watch?v=6icFnCSF2yA&feature=related (1935年に制作された「風雲児女」の映像と歌声)


 原題の「義勇軍進行曲」の「義」(人としてやらねばならぬこと)とは、きっと外国の、特に日本の侵略を受けている中華の児女たちが当然なさねばならないこと、つまり「抗日」のことなのでしょう。その「義」のために抗日の銃を取って戦列に加われ、とアジる歌です。

 冒頭の「奴隷となるな人々よ」(不 願 做 奴隷 的 人們)の呼びかけ、一体誰の奴隷となるなといっているのでしょうか。当時はクーリー(苦力)と呼ばれた中国人が、いやシナ人が街にはあふれていました。大都会には汚れた人相の悪い車屋があふれ、裏通りのアヘン窟には「メイファーズ」(没法子)が口癖の無気力なシナ人が寝転んでいました。芥川龍之介の『上海遊紀』などに、当時のシナ大陸の第一印象がどんなものであったかが書かれています。(今の印象と比べたらどうなのでしょうか。)

 「東亜病夫」と呼ばれた当時の中華の民は危機に面しているのですから、「われらの血と肉で築こう万里の長城を」(把 我們 的 血肉 築成 我們 新 的 長城)と、ここは雄たけびです。

 最後は「砲火を冒せ。前へ。前へ。さらに前へ。」(冒着 人 的 炮火, 前進 ! 前進 ! 前前進! )と、「前へ」を繰り返します。

 この部分、日本語訳はどうしても長くなるので省かれていますが、中国語歌詞には「敵人」(敵)という文字がしっかりはいっています。

 この「敵人」、一体誰のことなでしょうか。

 その当時の「」、それは間違いなく「日本鬼子」でしょう。大日本帝国と誇称していたにっくき「小日本」です。


 この歌を作曲した聶耳は中国共産党員でしたから、国民政府による逮捕を逃れ、日本に留学していた兄を頼って、この映画が作られた1935年に日本に来ます。しかし、その年の7月17日の午後、湘南・鵠沼海岸で友人と泳いでいて溺れ、亡くなってしまいました。まだ、23歳でした。
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                        (聶耳肖像と藤沢市鵠沼海岸海岸にある彼の記念碑)



 ところで、フランスの国歌もフランス革命のときにマルセイユ義勇軍で歌われた「ラ・マルセイェーズ」ですね。その1番の歌詞は以下のように訳されています。

    いざ  祖国の子らよ  栄えある日は来たり!
    圧制の血に染む旗は  われらにあげられたり!
    かの暴虐な兵士らの  広野に叫ぶを聞かずや?
    われら腕の中に来りて われら妻子を殺さんとす
    武器をとれ 人々よ!  隊伍を組めよ!
    進め!進め! けがれし血をわれらが畑に注がしめよ (美山書房「世界の国歌」から)
    http://jp.youtube.com/watch?v=NsYFFsoFgHI(フランス国歌「ラ・マルセイェーズ」)


 世界で最も文化の香り高いフランスの国歌が「武器をとれ・・・けがれし血をわれらが畑に注がん」とあるのはおどろきです。ここは最近まで「けがれし(ドイツ人の)血」と歌われていたのだとか。直訳すると「のどをかききれ」という語句もあるのだとか。本当でしょうか。

      
  ≪お断り≫
   この稿は2008年に書いたものです。






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by damao36 | 2017-08-31 09:39 | 中国 | Comments(0)

『黄河の疾風』―どうして、日本人は中国人を一段下に見るのか

 若いころは小説も読む方でしたが、しだいに読まなくなってきました。それでもせめて芥川賞くらいはと、つとめて『文芸春秋』を手にするようにはしています。しかし、ほとんどの場合が私にはつまらなく、時間のムダ、そんな感想ばかりでした。

 ところで、先日囲碁で立ち寄った公民館の図書室で、『黄土の疾風』(深川律夫著)というタイトルが偶然目に入りました。もう10年ほど前になりますが、植林ボランテイアで西安から飛行機で延安に向かい、そのとき上空から眺めた黄土高原の異様さを思い出し、どんなことが書かれているのか読んでみようという気になりました。

 その内容、「BOOK」データでは以下のように紹介されています。
      日中両国の農業の危機を克服するため、投資ファンドを設立し黄土高原で村興しを始めた大塚
     草児。一方、草児の後見人、宮崎善幸が社長を務める総合飲料メーカー・六甲酒造は、欧州穀物
     メジャー・オレンジサントの乗っ取りの標的となっていた。村興しの成否は?乗っ取りは回避で
     きるか?日中の架け橋となる壮大な物語。第3回城山三郎経済小説大賞受賞作。

 作者は大阪外大で中国語を専攻し、上海復旦大学に留学。いまはみづほコーポレーションの銀行マンで、上海支店にも勤務された方だそうです。その前作は『連戦連敗』という作品で、第2回城山三郎経済小説大賞は逃したものの、評価は高く、中国ビジネスを描いた力作として角川文庫にも収録されているそうです。

 中国というと、今年は国交回復40周年にもかかわらず、尖閣諸島の問題などもあって、日本人の中国に対する印象は過去最悪なんだそうです。
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            言論NPOが6月20日に発表した「第8回日中共同世論調査結果」。この結果84.39%
               は過去最悪とのこと。中国側の64.5%という結果は過去最悪だった前回65点9%
               よりは若干改善しているとのこと。


 でも、この作品に登場する主人公大塚草児は「日中両国の農業の危機を克服するため、投資ファンドを設立し黄土高原で村興しを始めた」人物です。その大塚草児をバックアップしている六甲酒造の宮崎善幸社長やその兄で外務大臣まで務めた衆議院議員の志村泰蔵兄弟も、媚中派と言われながらもいち早く中国での企業を展開する親中派です。どうしてそのような親中国の生き方をするのか。それは草児の亡き母親ハルが15歳のときに幼い泰蔵・善幸二人の兄弟の世話をしながら引き揚げてきたことと無縁ではなかったのです。

 ちょうど真ん中の第6章は「母の手紙」というタイトルです。そこにはガンで亡くなる前に息子の草児に書き残した母の手紙がつづられていています。私はその手紙を読みながらつい年甲斐もなくこみあげてくるものを抑えることができませんでした。私もまた、8年ほど後の引揚ではありますが、16歳で日本に戻ってきた者だからかも知れません。

 作品の詳しい内容は読んでもらう事として、ここで私がなるほどと心打たれた箇所を一つだけ引用しておきます。それは母の手紙の中に書かれていた以下のくだりです。

     せっかく、中国と仲良くなったと思ったのに、日本人の心は戦前と変わらないよ……。母さん、
    おまえに何も教えてやれなかったけど、これだけは覚えておいておくれ。母さん、あまり本は読
    まなかったけど、岡部伊都子さんの随筆だけは好きでよく読んだのよ。岡部さんの言葉は、なぜ
    か母さんの心にしみてくる感じがしたのです。その岡部伊都子さんの言葉に、こんなのがあるの。
    「私はどんなに立派な立場の人であっても、他を見下げる人を尊敬することができません。」
     母さん、その通りだと思う。そして、日本人を思う。どうして、日本人は中国人を一段下に見る
    のかねえ。それが、母さん悲しくてしょうがないよ。(本書237ページ)


 こんなふうに感じる日本人もいるのですね。私もまたそんなふうに思ってきた数少ない一人でした。


 北京オリンピックの始まる前、わが国ネットでは中国バッシングが花盛りでした。オリンピックが終わったら、上海万博が終わったら、中国は崩壊する、そんなことが言われていました。そうなるかもしれない、そうならないかもしれない。そんな迷いから私もこのブログでだんだん政治問題に深入りしてしまいました。

 この小説の主人公たちの心の中に流れている名曲があります。それはショパンのノクターン嬰ハ短調です。クラシックにもうといわたくし、ネットで初めて聞いてみました。心に響くいい音楽だと思いました。また、平原綾香のノクターンという曲もこの人たちの大好きな曲だというので聴いてみました。
  http://www.youtube.com/watch?v=eRqURo6FugAショパンのノクターン嬰ハ短調
  http://www.youtube.com/watch?v=EHx_bz-AKuw平原綾香のノクターン



 人間はどこに住んでいても同じなんです。なにがしかの悲しみを抱いて懸命に生きているのです。だれ一人だれかを見下げて平然とできる、そんな存在の人間はいない。このふたつの曲を聴きながらそう思ったのでした。

                   
          (一等国民から小日本に転落した屈辱経験をもつ 屈折した“中国迷”のネズミ)
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by damao36 | 2012-07-16 15:04 | 中国 | Comments(0)

南京大虐殺の真相――船戸与一の『灰塵の暦』を読む

 2008年4月、図書館の新刊コーナーに「満州国演義」というタイトルの本を見つけ、どんな内容なのかとページをめくっていると、私が生まれて12年間も住んでいて、それ以後60年もなるのにいまだ訪れたことのない“マボロシのふるさと”通化という街の名がでてきたので、さっそく借りて読んで見ました。

 その「満州国演義」というのは船戸与一という方の書き下ろし長編小説で、今5冊目までが図書館の書架に並んでいます。

    『風の払暁 満州国演義1』(船戸与一著・新潮社・2007年)
    『事変の夜 満州国演義2』(船戸与一著・新潮社・2007年)
    『群狼の舞 満州国演義3』(船戸与一著・新潮社・2008年)
    『炎の回廊 満州国演義4』(船戸与一著・新潮社・2008年)
    『灰塵の暦 満州国演義5』(船戸与一著・新潮社・2009年)

 1と2は一昨年に、3と4は去年読んだのでしたが、去年の暮れに図書館で5冊目を見つけたので、正月は歌番組とネット囲碁の合間に5冊目の『灰塵の暦』を読むことにしました。

 時代の背景は私が生まれた昭和11年から12年にかけてでした。

 昭和11年の2月には陸軍皇道派による二・二六事件が起こり、翌12年7月にはいわゆるシナ事変が勃発、12月にはこれもいわゆる南京大虐殺が起こっています。

 当時のわが国は軍部の皇道派と統制派の権力争いがあり、皇道派の二・二六クーデターは統制派によって鎮圧され、北一輝などの民間人も含めて二・二六事件の首謀者たちは銃殺刑に処せらて終息します。

 それが収まると、今度は軍部内の対支慎重派と対支一撃派との争いとなり、“暴支膺懲”(粗暴なるシナは懲らしめるに限る)を唱える蛮勇の対支一撃論者がどうしても強く、石原莞爾らの慎重派は既成事実の前になすすべはなく、対支不拡充路線は完全放棄に追い込まれます。

 一方中国側では昭和11年12月に西安事件が起こり、その結果抗日のための国共合作が実現します。そのせいもあってか、支那軍の反撃は一撃派の予想を超え、“一撃”では収まらずに、戦火は上海戦へと飛び火し、日中全面戦争へと突入していきます。

 もはや政治のコントロールのきかない軍部の暴走は拍車がかかり、昭和12年12月、皇軍と称する日本軍は国民政府の首都であった南京を攻略し、陥落させます。



 私は一昨年にこのシリーズを読みはじめるまでは満州国についての書を読んだことはほとんどありませんでした。
 
 その後は図書館にある以下の書を、ここ1,2年の間で読んでみたのでした。

    『阿片王 満洲の夜と霧』(佐野眞一・新潮社2005)
    『阿片王一代 中国阿片市場の帝王・里見甫の生涯』(千賀基史・光人社・2007)
    『満州裏史 甘粕正彦と岸信介が背負ったもの』(太田尚樹・講談社・2005)
    『黄沙の楽土 石原莞爾と日本人が見た夢』(佐高信・朝日新聞・2000年)
    『甘粕正彦 乱心の曠野』(佐野眞一・新潮社2008)


 昭和12年という時代は東条英機が関東軍参謀長という地位につき、第二の満州国をということで綏遠事件を起こします。しかしその目論見は失敗しますが、それを補うべく参謀長たる東条が異例の兵団長をかねてチャハル作戦をしかけ、蒙疆傀儡政権を樹立します。また昭和11年には商工省工務局長であった岸信介が満州国国務院総務部司長として渡満し、熱河アヘンにつづく内蒙古アヘンの権益をも手に入れた東条は岸と組んで最高権力者へ上る足がかりを固める時期でもあります。

 要するにこの小説は敷島4兄弟という架空の人物を設定していますが、時代の背景そのものは作者の良心に従って正確に描こうとしている、私にはそう思われました。

 いわゆるシナ事変についても、支那駐屯軍謀略説、共産党説、藍衣社説の3つを挙げていますが、2や3であったとしても、対支一撃論派が渡りに舟と勢いづいたことに相違はない、と読みながら私はそう考えました。

 この書の最後は日本軍の南京攻略勝利で終わっているのですが、柳川平助第十軍長は杭州上陸の際に「山川草木全て敵なり」といって部下を叱咤激励し、そのせいか日本軍の行為は残虐を極めます。南京攻略の際は「皇軍の名誉を汚すな」という命令が出されますが、皇軍の糧秣は現地調達だったこともあり、スーパーに行ってまともに料金を払って買うはずはなく、手っ取り早い略奪行為に走り、ついでに婦女暴行も行われたに違いありません。また捕虜に食べさせる食糧はないということで、直ちに処刑し、銃殺刑以外に、日本刀での試し切り、初年兵の鍛錬ということで銃剣による刺殺も行われたことは、私自身の幼いころの見聞からもそのような行為が行われたことは間違いないと思いました。上官の命令には絶対服従で、鉄拳制裁など当たり前の軍隊生活、私もそんな状況下なら、平常では考えられないことを平気でしたに違いない、私はそう思うのでした。

 当時の大本営発表では「皇軍が外国の首都に入城するのは有史以来の盛事」として報道され、内地では50万からやがては百万に達する祝勝提灯行列があったとのことです。しかし、南京入城直後の松井石根中支那方面軍司令官は「せっかくの皇威を輝かしたのに、一部の兵の不埒な行為によって皇威が汚され、天皇陛下にどう申し開きすればいいかわからない」と、慟哭していたと最後のページに書かれています。

 この外、当時の満洲で活躍した東条英機や岸信介、石原莞爾、甘粕正彦、里見甫、川島芳子、小沢征爾の父小沢開作など実在の人物の活躍が話題として出てきますが、満洲関連の書をかなり読んでいたので、私は容易に理解することができました。


          (南京大虐殺はでっあげと発言して11日で辞任した元法相永野茂門氏が亡くなりました。
           30万という数字はオーバーだとは思いますが、この書に書かれているようなことはあったと思う 
           自虐史観のネズミ)


≪蛇足≫
国民学校で聞かされた覚えのある「満州国国歌」と満洲在住者にはなつかしい「満州娘」、お聞きください。
http://www.youtube.com/watch?v=NprDVmFaHU4&feature=related(「満州国国歌」)
http://www.youtube.com/watch?v=02X80m_wMbo&NR=1
(「満州娘」)
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by damao36 | 2010-01-07 19:22 | 中国 | Comments(0)

朝日は一罰百戒やむなしの立場だ

 朝日新聞はかつてはクオリィーペーパーだと誇り、ジャーナリズム精神を高唱し、その社説の大学入試使用率は日本一だと自慢してきましたし、私もある程度は信じていました。しかし、特に今年に入ってからの朝日の社説はどうも首をかしげることが多くなってきました。

 例えば1月18日の「筋通らぬ総務省の横やり」、3月7日の「西松献金事件―国民の嘆きが聞こえぬか」、同10日の「民主党―この不信にどう答える」など、郵政民営化問題と西松献金事件、どうも朝日・現首脳陣は一貫して推進派擁護の立場であり、野党バッシングの権力べったりスタンスではないのかと思われるのです。

 それは私が郵政民営化に疑問を持ち、西松献金事件の検察捜査に不公平感を抱くからかもしれません。健全な成熟した民主主義の国ならスムーズな政権交代ができるのは当たり前だと考えているからかもしれません。今の私の立場からすると納得できない論説が多く、ついつい引っ掛かって、かみつきたくなってくるのです。


 さて、3月18日の社説「政治資金規正法―これで「公開」と言えるか」も、そうでした。

 特に違和感を感じたのは「検察の捜査には証拠や時効の壁がある。一罰百戒とならざるを得ない場合もあるだろうし、そこに不公平感がつきまとう場合もあるだろう」という箇所です。

 この事件が小沢氏だけの問題として終わるのなら、それはそれでいいでしょう。しかし、あと半年までの間に国政選挙、この国の今後の4年間を託す大きな意味を持つこの時期に、検察権力がその一方だけをバッシングして、他方を有利にするとしたら、日本を動かしているのは検察なのか、日本は世界に冠たる”検察国家”なのかという疑念を抱く人が多くなるのも当然でしょう。どうして朝日社説氏は「不公平感がつきまとうだろう」(そういうことになってもしかたないよ)などとひとごとのようにうそぶき、不公平感を取り除こうとはまったくしないのでしょうか。

 この社説、最後の方で「ここは主権者である国民自身の出番ではないか。……。国民が日々、政党や政治家を監視するためにさらに(政治資金収支報告書?を)活用されていい」とかいっていますが、それはどうでもいい付け足しで、いいたいことは「(小沢氏の説明は)看板に偽りあり」、「(小沢氏側だけの検察の捜査は)一罰百戒やむなし」、そういっていると私には聞こえるのです。そして麻生自公政権、つまり権力者側に有利になるよう世論を誘導している、そのように邪推してしまうのです。


 それでは 天下の朝日の社説お読みください。

 政治資金規正法―これで「公開」と言えるか

 準大手ゼネコン、西松建設の違法献金事件で秘書が逮捕された民主党の小沢代表は「私はみなさんからの浄財をすべて公開している」と言い、やましいところはないと胸を張る。
 看板に偽りはありやなしや。その一端をパソコンでのぞいてみよう。
 まず、総務省のホームページで「白書・報告書」→「政治資金収支報告書」→「平成19年9月14日公表」と進む。「資金管理団体」の項目で「リ」を開けば小沢氏の「陸山会」がある。この29ページ目に、検察が西松建設のダミーだと容疑を向ける「新政治問題研究会」の100万円の寄付が出てくる。
 このページには計約1億円の寄付が並ぶが、その100万円以外はすべて民主党本部と、小沢氏が代表である岩手県第4区総支部、小沢一郎東京後援会、小沢一郎政経研究会からのもの。名前だけでどんな団体か分かりにくいのは「新政治問題研究会」だけだ。
 それなのに、その正体はせんさくしないし、知らなかったという小沢氏の説明が不思議に思えてくる。
 では次に「民主党岩手県第4区総支部」を探してみよう。岩手県庁のホームページで「岩手県報・県法規集」→「岩手県報」→「過去の県報」→「平成20年9月発行分」→「9月19日」→「収支報告書の要旨」と開いていく。51ページ目に、この総支部の名がある。
 個人献金もあるが、目立つのは、土木・建設会社からの寄付の多さだ。県内の業者はもちろん、東京や大阪が本社の企業からの寄付も並んでいる。
 このように、政治資金をめぐる公開情報はパソコンでも入手は可能だ。
 ただ、政治家の財布をすべて調べようと思ったら、いくつもある政治団体の名前や報告先、公表の日付など相当の予備知識が必要だし、手間もかかる。国民がその全容を知りたいと思ってもなかなか厄介なのが現状だ。
 企業や団体からの政治献金は、政官業の癒着や腐敗の温床になりがちだ。だが、検察の捜査には証拠や時効の壁がある。一罰百戒とならざるを得ない場合もあるだろうし、そこに不公平感がつきまとう場合もあるだろう。報道機関の取材にも限界はある。
 であれば、ここは主権者である国民自身の出番ではないか。政治資金規正法による公開制度は一朝一夕にできたわけではない。不正が発覚するたび、世論が政党や政治家の尻をたたくようにして、少しずつ前に進んできたものだ。国民が日々、政党や政治家を監視するためにさらに活用されていい
 そのためにも、政治家の関係団体を漏れなく、もっと容易に一覧できる制度への改善を与野党に求めたい。やましいことが本当にないのなら、捜査当局や報道機関に痛くもない腹を探られるより、きっぱり、国民にすべてをさらしたほうが気が楽ではないのか。


       (今の主筆船橋洋一はアメリカ・ロックフェラーの子分、その噂は本当だと信じ始めた ひねくれネズミ)
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by damao36 | 2009-03-20 13:48 | 中国 | Comments(0)

オバマ新大統領の弟は"中国通"

日本で出版されている『聴く中国語』1月号に「オバマ氏の弟、身分が知れて仕事中断」(奥巴馬弟弟身份曝光中斷工作)という記事がありましたが、同じく日本で出されている週刊紙『中文導報』1月20日の記事に「オバマの中国の弟とその夫人、はじめてメディアの前に」(奥巴馬在中國的弟弟及其太太首次曝光)という記事が出ていました。
http://www.chubun.com/modules/article/view.article.php/94848/c104

この弟は大統領オバマ氏とは異母弟、亡くなった父親の3番目の妻の子だそうで、母親姓を名乗っているのでマークというのだそうです。

マーク氏は2002年から6年間中国深圳に暮らしており、妻は河南省出身の中国人女性です。『紅楼夢』を愛読し、毛筆に魅せられ、兄に毛筆で書いた成語を贈ったこともあるとか。また、菜食主義者で「豆腐とじゃがいもチップ」が好物なのだそうです。

アウトドア派でピアノが得意なマーク氏は、深圳で中国製品をアメリカに輸出する仕事をしており、顧問も何社か務めているそうですが、そのかたわらでずっとボランティア活動に熱心でした。その活動の一環として開かれた19日のパーティーに、はじめてマスコミに姿を出すことに同意します。司会者は「マークは“中国の娘婿“」と紹介したのだそうです。 
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オバマ新大統領のアメリカが日本よりも中国に魅かれるのではないかととても気になる人には、ちょっと微妙な事実でしょうか。



  (経済もグローバル化の時代なら家族関係もグローバル化で当然、とはなかなかいかない 純血主義 ネズミ)
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by damao36 | 2009-01-20 23:12 | 中国 | Comments(0)

これからは「新興国向け輸出株式会社」になるのだろうか

水野和夫氏の『金融大崩壊 「アメリカ金融帝国」の終焉』(NHK出版)を読んでいたら、今回の住宅バブル崩壊前まではアメリカは「金融投資銀行株式会社」であり、わが国は「輸出株式会社」、しかも「先進国向け輸出株式会社」で、この二つは表裏一体、コインの裏表だったと書かれていました。

このようなわが国がこれから選択する方向はというと、日本の技術力を生かして、「新興国向け輸出株式会社」に舵を切るしかないとも書かれていました。


ところで、15日の読売新聞社説は「輸出企業不振 北米市場頼みが裏目に出た」というタイトルでした。その中で日本経済の現状について、まず以下のように述べています。

 「金融危機に端を発した世界同時不況で、日本の輸出企業の業績が急速に悪化している。今や、「総崩れ」とも言える状況になってきた。
 ……。
 日本経済を牽引する製造業の業績不振は、自動車業界の失速から始まった。
 ……。
 「トヨタショック」の波が、電機業界や素材メーカーなどに幅広く及んできたといえよう。」


次に、これからの日本経済のあり方として以下のような提言をしています。

 「ここ数年、北米などの好調な海外市場と円安を追い風に、輸出企業の好業績が続いた。しかし、経営環境の激変で、収益構造のもろさをさらけ出した形だ。
……。
 輸出の鈍化で、日本の経常黒字も激減している。製造業の不振は景気後退局面入りした日本経済の回復の足かせにもなろう。
 厳しい状況の下、輸出企業各社は収益の確保に躍起だ。
 ……。
 しかし、リストラ加速などによるコスト削減は、対症療法に過ぎない。中長期的な視野から、収益構造を転換する方策が急務だ。
 まず、北米依存を改め、潜在成長力が高い中国やインドなどの新興市場を含めて、グローバルに稼ぐ体制を強化する必要がある
 ……。
 将来の競争力の源泉になる新製品を生み出すため、研究開発の重要性も一段と増す。
 日本の製造業は、高い技術力をテコにしながら、かつての円高不況や、IT(情報技術)バブル崩壊を克服してきた。今回の苦境を乗り切る底力に期待したい。」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090114-OYT1T00952.htm

ここで私が注目したのは下線部でした。水野氏の「新興国向け輸出株式会社」、またどこかで見た「10億の市場から40億の市場へ」なのでしょうか。


そうなるのだろうなあと私も思うのですが、でも気になることがあります。

それはひそかに愛読している産経新聞元北京特派員福島香織記者の記事「CHINA13億のお客様」に書かれていることです。

 「結局、CHINA13億は世界経済を救う、お客様になりうるのか。それは来年、あるいは今後数年の中国経済・社会の流れをみないことにはなんともわからない。しかし、中国が米国にかわるお客様になってくれないことには、世界不況からの脱出の絵がかきにくい。その一方で、もし期待どおり中国を世界最大の消費者に育てあげられたら、そして、今の政治体制、つまり軍事独裁政権の性質を維持したままでのままであれば、それもちょっと、そら恐ろしい。
 なぜなら、お客様は神様、だから。金は使うヤツが偉いのだ。消費者が一番多い国の通過が基軸通貨となり、経済をリードする。世界中の商売人はお客様のご機嫌をうかがい、つねにお客様のご要望にこたえなければならないのが宿命。中国人が世界のお客様になった暁は、米国以上に横暴で旺盛なモンスター・カスタマーとして君臨する、かもというのは想像がすぎるというものだろうか。」
http://sankei.jp.msn.com/world/china/090109/chn0901090147000-n1.htm

福島記者の懸念が思いすごし、案ずるより産むがやすし、杞人憂天で終わりますことを願っています。


              (「私食べる人、あなた作る人」だったが、不安になって料理教室に行くことを決めた ネズミ)
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by damao36 | 2009-01-17 08:08 | 中国 | Comments(0)

楊逸さんの『時が滲む朝』を読む

今日は昼から○○センターに出かけて、居眠りしながら約3時間かけて、第139回芥川賞の楊逸(ヤン・イー)さんの『時が滲む朝』を読みました。

文化大革命で下放されて中国西北部に住みついた北京大学出身の小学校教師を父に持つ浩遠さんが主人公で、まずは友人の志強と大学入試に挑みところから始まります。

秦漢大学に合格した2人は希望に燃えて学生生活を送り、文学サロンのサークルに入ります。そのサークルが次第に民主化運動に傾斜し、2人とも深く考えることなくデモに参加し、ついには拘束されて、せっかく入った大学を退学させられてしまいます。(このあたりは60年安保でわけもわからず国会周辺のデモに参加したノンポリのわが青春と重なります。)

その後、妹と同居して中国で高校生活をしていた中国残留孤児の娘・梅と結婚し、日本に渡ります。日本語学校に通い、アルバイトをしながら、やがては正社員として日本の社会に受け入れられ、櫻と民生という一男一女にも恵まれます。 (ここは日本に来て生活する多くの中国人の体験と同じでしょう。)

少し違うところは、主人公の浩遠は日本でも天安門の民主化運動の流れをひきづっていることです。日本でも天安門民主化運動グループに属し、民主化されない中国への香港返還に反対し、オリンピックの開催にも反対して署名集めなどをしますが、日本でのこうした運動はいっこうに盛り上がらず、参加する人たちも次第に減っていきます。またこの人たちも必ずしも純粋とは限らない、純粋には生きられないことも知らされます。

中国に残った友人の志強は中国でアート工房を立ち上げ、それなりに成功します。

フランスに亡命した民主化運動の指導者で恩師の甘教授、同じくフランスに亡命した民主化運動中の男子学生のマドンナ英露、この2人もそれぞれの時を刻んで、英露はフランス人との間に生まれた淡雪を連れて甘教授と結ばれます。

中国民主化の指導者であった甘教授もいまやその理想もしぼみ、中国にもどって田舎で小学校の教師になろうと考えるようになり、英露らを連れて日本経由で中国へ帰ることになります。日本で浩遠と再会します。

最後は日本で再会した浩遠は家族4人が甘教授と英露と淡雪3人を成田で見送る場面です。そして別れのときに浩遠がどん底生活をしていたときに何度も聴いた尾崎豊の「I love you.」のCDを甘教授に贈ります。


以上がこの小説のあらすじです。

ところで、この作品のまえに受賞者インタビュー「天安門とテレサ・テンの間で」という記事があり、サブ・タイトルに「5歳で下放され22歳で来日。がむしゃらに走りつづけた波乱万丈の半生」とあり、読んでみたら、44歳の作者の楊逸さん、日本に来てからは日本語学校とアルバイト、大学で地理学を勉強し、日本人と結婚し1男1女をもうけるも、離婚。中国語教師をしながら子育てをし、小説を書くといういろいろある人生でした。この記事の中で、楊逸さん、「日本人と中国人の違いをどんなところで感じますか」という質問に、こんなふうに答えていました。

「たぶん性格ですね。友人から、あなたみたいにいろんなことがあったら、もうとっくに自殺しているよって言われますが、私はなんでもないんです。神経が太いというか、無神経だから(笑い)。

日本の方には、温かいところがたくさんあります。中国人には無神経なところがあるから、日本人のこまかな気遣いになかなか気づかない、申し訳ないんですけど。

でも、日本人はみな真面目で、なんでも重く受け止めすぎますね。もっと楽観的で、無神経にならないと、生きていくのが難しいところもあるんじゃないでしょうか。」



10代、20代を除いて、その後はほとんど小説なんか読まない私、これではいけないかと時に芥川賞だけでもと思って、この賞の受賞作品だけは読むように心がけてきました。しかし、いつごろからでしょうか。女の子がびっくりするようなことを書いたり、時代感覚がないからでしょうが、読んでいてもいっこうに内容が頭に入らず、もう長年読むのをあきらめていました。

それでも、前回の川上未映子さん、歌手として、シンガーソングライターとして活動しながら小説も書いているというので、どんな作品かと、その受賞作『乳と卵』(チチトラン)を読んでみることにしました。

初潮を迎える直前で無言を通す娘と豊胸手術を受けようと上京してきた母親、その妹である「わたし」の3人が、三ノ輪のアパートで過ごす三日間の物語だそうですが、話の筋ならなんとか理解できますが、会話の微妙なやりとりとなると高度すぎて、そのおもしろさがいっこうにわからず、我慢して2時間くらいは読んだのですが、とうとう途中で読むのをあきらめてしまいました。


それに比べたらこの『時が滲む朝』は、私には理解しやすく、途中居眠りはしたものの、最後まで読み通すことができました。

感激することのほとんどない年齢ですから、これを読んでとくに感動したということはありませんが、文学というものはある人の生き方が正しいかどうかが問題ではなく、その人が自分の半生なり、一生なりを振り返ったときに感じるある種のはかなさ、そんなものを描くものなのだろうかなあ、そんなことを感じさせる作品ではありました。

ところで、ここ100年、中国で生まれ、中国で生きる人々は、日本人とはまた違った人生を送らざるをえななかったことでしょう。この作者の半生もまた、インタビュー記事によれば前書きにあるように、この小説の主人公に劣らず“波乱万丈”の半生ですが、成熟社会、平和国日本のぬるま湯につかる日本人に比べたら、“激流”、”激動”の政治の波に翻弄されて生きる現今の中国人は、たいていが“波乱万丈”の人生なのではないか、とも思いました。

それにしても、日本人が中国人の書いた中国人の半生の物語に賞を与えたり、それを熱心に読んだりするのはなぜなのでしょうか、そんな疑問も感じながらこの小説を読み終えました。



≪蛇足≫
もうすぐ末期高齢者なのですが、私も尾崎豊はいい青年だと思うし、「I love you」はいい歌だと思っています。

中国残留孤児の娘で後に浩遠の妻となる梅からもらった尾崎のCDは、希望に満ちた大学生活から一転農民工になった浩遠と志強の心を打つ歌でした。この小説の中で、この歌を聴いたときの浩遠の感想を以下のように描写しています。

「意味のわからない歌詞が胸の共鳴をおさめることもなく、「I love you」と叫び出した瞬間、コンクリートのような何かで固められた己が、どんどん買われて崩れ落ちていって、あっと言う間にガラクタと化してしまう。曲が終わって暫くすると我に戻って、壊れたはずの己が新たな形を成して、身体も妙にすっきりして軽やかになる。」


それでは尾崎豊の歌を聴いてみましょう。
http://jp.youtube.com/watch?v=ERWYegcKF8o
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by damao36 | 2008-08-26 18:26 | 中国 | Comments(0)

甘粕正彦、内田吐夢、そして中国映画

佐野眞一さんの『甘粕正彦―乱心の曠野』(新潮社・2008)を読んでいたら、満州映画協会理事長の甘粕正彦が服毒自殺したとき、理事長室にいち早く駆けつけ、馬乗りになって甘粕理事長の飲んだ青酸カリを吐かせようとしたのは映画監督の内田吐夢だった、と書いてありました。

第2代の満映理事長になった甘粕は自分の信条とは正反対のはずの左翼かぶれの人でも平気で受け入れていたので、ここには元赤旗編集長とか、戦後「毛沢東思想学院」を作り、赤軍派に肩入れした大塚有章とかいう人たちもいたのでした。

この内田吐夢という人も戦前の日活で『限りなき前進』、『土』などの名作を撮って、高く評価されていた監督なのですが、会社の方針と衝突して、1941年、甘粕の満州映画協会に拾われた人です。

日本の敗戦を迎え、甘粕は自死することを公言しますが、社員たちは理事長を自殺させないように拳銃を隠し、見張り番を立てて警戒します。しかし、甘粕は事務処理が終わった時点で隠し持っていた青酸カリで服毒自殺をしてしまいます。その後の満州映画協会で働いていた人たちは、多くはすぐに帰国するのですが、約80人がその後も中国に残留することになります。

すぐに帰国した映画人は戦後に発足した新しい映画会社の東映に所属し、高倉健の『仁義なき戦い』などの任侠映画を作ります。あの切ったはったは”満州”で地獄を見たからこそできたのでしょうか。

中国残留組は戦後8年たった1953年に帰国するのですが、その間、31本の中国共産党の国策映画製作に協力します。内田吐夢とか木村荘十二といった監督、八木寛という脚本家もその残留組の一人でした。

2005年、NHKで『中国映画を支えた日本人~“満映”映画人 秘められた戦後~』が放映されたそうです。残念ながら私は見ていないのですが、満映に6年間、中国国策映画の製作に8年間従事し、帰国後は新藤兼人らの独立プロで働いた岸富美子さん(現88)という方が語り部となっているドキュメンタリー番組だそうです。

私が大学生のころ、『白毛女』という中国映画があり、大学祭などで上映されたりする、ほとんど唯一の中国映画でした。中国共産党のプロパガンダ映画ではありますが、オペラのように歌が多く歌われ、「北風吹」など、その中国的なメロデーのいくつかはいまも耳に残っています。岸さんはこの『白毛女』をふくむ10本の映画に、フイルム担当としてかかわったのです。
http://jp.youtube.com/watch?v=B_kqzpq03Wc&feature= (映画『白毛女』は新中国成立2年後の作品です。その挿入歌は意外と名曲が多いと思ったのですが、いかがでしょうか。)



さて、内田吐夢という人ですが、工人帽をかぶって帰国した当初は毛沢東思想の信奉者のごとき言動があったそうです。しかし、すぐにベレー帽にパイプといういでたちに戻り、帰国2年後の1955年には片岡知恵蔵、加東大介の『血槍富士』のメガホンを取り、その後は『大菩薩峠・3部作』(1957~59)、『宮本武蔵・5部作』(1962~71)などの大作を発表。一方、 アイヌの問題を扱った『森と湖のまつり』(1958)、部落問題を底流に描いた『飢餓海峡』(1965)など、現代社会の弱者を鋭く照射した、一貫して骨太な男性映画を製作したとのことです。


ところで、北京オリンピックの開会式、いかがだったでしょうか。

お国自慢で鼻に来たという人も多かったでしょうが、あのようにハイテクを自由に駆使し、数千人の群集をまとめきる演出技量には、素直に驚嘆するのも自然なのではないでしょうか。

聞くところによると、演出担当のチャン・イーモウ監督のもとには日本人女性が衣装のコディネイターとして協力していたとのこと。そのチャン監督、もともとはカメラマンだそうですが、その師匠の師匠である、『白毛女』のカメラマンの馬守清さんは満映残留組から指導を受けた人なのだそうです。そのせいかわかりませんが、チャン監督は高倉健を敬愛し、とても親日的です。

『白毛女』には岸さんの名前は中国名で記されており、中国で『白毛女』に日本人が関係したということは語られてはいないそうですが、2005年、北京に開館した「電影博物館」には中国映画の製作に協力した日本人名が記録されているとのことです。岸さんも開館式典のときに日本人の協力者として招待され、『白毛女』の主演を演じた田華さんやカメラマンの馬守清さんなどと再会して、旧交を温められたのだそうです。


      (内田吐夢なんか知らなかったけれども、私も工人帽をかぶって53年に帰国した”中共引揚者”のネズミ)


≪追記≫

日本の国策会社「満映」の文化侵略の効果を、侵略を受けた中国人の映画研究家によって書かれている『満映―国策映画の諸相 』(胡 昶・古 泉 著、 横地 剛・間 ふさ子 訳 現代書館)という本が出版されていました。

帯には「満州映画協会・・・偽の国・満州に造られた文化侵略の工場! その設立から崩壊までを追う迫真の記録!」とあるとのことで、「その論述は優れて客観的である。教条主義的な日本軍国主義批判といったドグマ性を避けている」とフリー・ジャーナリストの上野清士さんは絶賛されていました。

次に読んでみたい本です。 (”満州”にはまると、なかなか足が洗えません。)

≪蛇足≫

赤塚不二夫さんが亡くなりました。”天才バカボン”とか”シエー”とか耳にしたことはありますが、まともにそのご著書は読んだことがありません。でも、赤塚さんが私と同年だということ、しかも”満州”生まれの”満州”育ちだと聞いて、勝手なもので親しみを感じています。そういえば「明日のジョー」のちばてつやさんもそうなのですね。

これもまたどうでもいいことなのですが、ついでに書いておくと、作家の中西礼さん、音楽指揮者の小沢征爾さんも私と同年で、しかも”満州”生まれです。 ソレガドウシタなどと野暮なことおっしゃらないでください。)
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by damao36 | 2008-08-10 21:41 | 中国 | Comments(0)

地震で真っ先に逃げた先生の話

日本の教育界はいま大分県の裏口合格・昇進問題で、泥沼状態になりつつありますが、お隣の中国では四川大地震のときに、生徒をおっぽり出して一番先にグランドに避難した先生がネットの話題になっているとのことです。

5月12日、都江堰市の光亜中学校(日本の中学・高校)の国語教師範美忠先生が『紅楼夢』の授業をしていたときに地震が起こり、最初のゆれのときは「地震だが、大丈夫」といったそのすぐ後、ものすごいゆれが起こり、先生は思わず「地震だ」と叫んで、自分だけ教室から駆け出し、一目散にグランドに出てしまったということです。

この校舎は校長がしっかりしていて、手抜き工事を許さなかったので、800人余りの生徒たちは全員無事で、範先生の教えていた生徒たちは机の下に避難したあと、ゆれがおさまってからグランドに出てきたとのことでした。

その後、範先生、その日の体験を「その時、大地は動き山はゆれる―“5.12”四川大地震体験記」(那一刻地动山摇——“5•12”汶川地震亲历记)というタイトルでネットに正直に告白します。
http://qbar.qq.com/topic/15904.htm

その告白だけならどうということもなかったのでしょうが、その文章の書き出しというのが、中国社会ももここまで自由に発言できるのかと驚く、とても大胆なものでした。

「私はかつて、自分が米国のような自由で民主的で人権を尊重する国になぜ生まれてこなかったのかと心を痛め、生きる意欲を失ったことがある。大学を卒業した後の苦痛は、このことと関係し、私が17年にわたって受けた教育のくだらなさも、このことと関係している。神よ、あなたはなぜ私に自由と真理を愛する魂を授けながら、私をこんな専制的で暗黒な中国に生まれさせたのですか?」
(我曾经为自己没有出生在美国这样的自由民主尊重人权的国家而痛不欲生!因为我大学毕业十几年的痛苦与此有关,我所受的十七年糟糕教育与此有关。我无数次质问上帝:你为什么给我一颗热爱自由和真理的灵魂却让我出生在如此专制黑暗的中国?)

さらに、こんなことも述べています。

「このような生死を分ける瞬間、私の娘なら私は自分を犠牲にすることができるだろうが、他の人、それが私の母親であってもわたしはかまけることはできないだろう」
(在这种生死抉择的瞬间,只有为了我的女儿我才可能考虑牺牲自我,其他的人,哪怕是我的母亲,我也不会管的。)

「これはひょっとすると自分の言い逃れかもしれないが、わたしはすこしも道徳的にやましいことだという感じはもっていない。わたしは生徒たちに『わたしは刃物をもって悪人と勇敢に戦う人間ではない』と告げるであろう」
(这或许是我的自我开脱,但我没有丝毫的道德负疚感,我还告诉学生,‘我也决不会是勇斗持刀歹徒的人!)

地震が起こったときに生徒に適切な指示を与えずに一番先に逃げ出しておきながら、これは人間本能としては当然なことで少しも疚しいとは思わないという発言に、ネット世論は議論が沸騰し、テレビにも出演し、歌までつくられる騒ぎになったとのことです。



范跑跑之歌http://jp.youtube.com/watch?v=mjRUb7oIsuo&NR=1

范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる
范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる
有一个人             こ奴の名
名字很奇怪          へんてこりんだ
他假装爱自由自在      自由できままが大好きだから
爸爸妈妈他都不爱      パパやママなんかどうでもいいさ
他跑起来比兔子还快     逃げ足ときたらウサちゃんよりはやく
你也许不知道爱而论道    理屈をこねるのもたいへん得意
他的职业却是为人师表    しかも人様の模範の教師をしている
有一天正上课          ところがある日の授業中に
突然间地震了          突然地震にみまわれ
所有学生他都不管了     自分の生徒のことは一切かまわず
范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる
范跑跑 他跑啊跑啊跑     ファン・バオバオ 逃げるよ 逃げる


詳しくは遠藤 誉さんの「教師の告白があぶり出した中国社会の『危機意識』」をお読みください。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20080710/165021/?P=1

なお、テレビ出演の動画もありますので、どんな先生かご覧ください。
http://news.qq.com/a/20080607/000041.htm

他錯了嗎? 1~4
http://jp.youtube.com/watch?v=RvMWamhhY9I&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=SEQT8wAoHR8&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=SEQT8wAoHR8&feature=related
http://jp.youtube.com/watch?v=6QmYZ4VQ5Qs&feature=related
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by damao36 | 2008-07-15 18:02 | 中国 | Comments(0)