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日中問題、日本は「亡羊補牢」せざるをえない 

 「亡羊補牢」とは『戦国策』にある語です。「ヒツジに逃げられてから檻の修繕をする;(喩)失敗を繰り返さないように事後の手立てを講ずる」という意味です。この語は「未為遅也」(いまだ遅しとは為さず)と続きます。このつづきまで入れると、英語の“Better late than never”です。

 この成語を用いて日本で発行されている華字紙「中文導報」が、上記タイトルの意味の社説(「日本必須為中日関係亡羊補牢」)を掲げていました。

 この日本国が逃げられたヒツジとは一体何なんでしょうか。それは1978年の国交回復時に“両国老一輩政治家”が“着眼大局”から「棚上げして共同開発しましよう」(擱置爭議、共同開発)と共通の認識に達した、どうもそのことを指しているようです。

 ところで、この「棚上げ論」、今のわが国政権の公式見解は「そんなものはなかった」です。藤村官房長官が明確に否定していました。だから、「領土問題は存在しない」ということになります。

 私は政治や外交には疎い一国民ですから、日本政府がそう明言しているなら、そのとおりなんだろうと、まずは日本政府の言を信用することにしています。


 でも、すっきり了解できているわけではありません。

 すっきりできないでいる点は、そんな尖閣問題についての日中間の「棚上げ論」が存在していなかったのなら、自民党政権は40年間どうして尖閣諸島を韓国が竹島で行っているようなことをしないでいたのか、ということです。石原知事が購入したら、すぐに漁船の船溜まりを作って中国を刺激するから、そうしないために“国有化”したのだと説明する必要もない気がします。


 中国語では「棚上げ」の部分を“擱置爭議”(原文は簡体字)と書いています。周恩来が、鄧小平がそのように表現したのを日本語では「棚上げ」と訳されたのでしょう。まあ、同じような意味に違いはありませんが、語感には微妙な違いがあるのではないでしょうか。

 “擱置”とは「横に置いておく」という意味です。何をかと言ったら“爭議”(異論)をです。中国語は<述語+目的語>、つまりしっかりVO文で表現されています。

 ところで、日本語の「棚上げ」は「上の方の目の届かないところになおす」そんな感じです。しかも「何を」なのかは表現されていません。横に置いてあったら、しばしば目に入ったり、足に引っかかったっりしますが、「棚上げ」は「お蔵入り」みたいなものですから、やがては忘れてしまう、まさかそんなことで「棚上げ論は存在しない」と言っているわけはないとは思いますが、すくなくともどうして石原氏が購入したら問題が複雑化するのか、船溜まりは作らないのか、いや日本人が明々白々の日本領土に上陸することを許さないのか、そこをわかるように説明してもらいたいものだと、そう思っているのです。(「尖閣諸島については1978年当時の状況を変えない。変えるときはお互いが協議する」、そんな暗黙(?)の了解があったから、何もしなかったのではと私には思えるのです。


 同じ漢字を用いる両国、意思の疎通もしやすいと思うのですが、実際は同じ漢語が日中両国の人々には微妙に食い違って受け取られるマイナスもありそうです。田中角栄当時の首相が「迷惑をおかけした」という表現に、中国側が激怒したという話があります。ひょっとして“国有化”という言葉の意味も、分かっている人にはわかるのでしょうが、私と同程度のB級中国人には「日本がわが国領土を日本国の所有にした」と単純に受け取る、それが利用されて反日行動が激化する、そんな面もあるのかもしれません。日本も韓国・北朝鮮・ベトナムのように中国生まれの漢字は撤廃する、最終的にはそこまで行くしかないのかなあと、もう私には直接関係のないことではありますから、そんな予測を気楽にすることにしています。

参考:「中文導報」の記事≫(中国語は4字熟語が多い。主なものに下線を付けました。)
日本必须为中日关系亡羊补牢(12年09月20日 作者 申文)

  在石原慎太郎抛出“购岛论”后,日本野田政府顺水推舟将错就错;地对钓鱼岛实行“国有化”,其跨越雷池的悍然之举,酿;成了中日邦交正常化40年来最严峻的对立局面。

  回想石原“购岛论”甫出,日本驻华大使丹羽宇一郎就警告过:购买钓鱼岛提议,将危及日中关系正常化以来取得的进展,为两国关系雪上加霜。丹羽大使接受英国《金融时报》采访时表示:“如果石原君的计划得到执行,那将给日中关系带来极其严重的危机,我们不能让以往数十年的努力化为泡影。”现在看来,野田政府甘冒天下之大不韪,事实上执行了石原的购岛计划,其灾难性结果正被丹羽大使不幸言中。

  回顾历史,面对现实,中日关系可谓“成也钓鱼岛、败也钓鱼岛”。针对钓鱼岛主权争议,在1972年中日邦交正常化和1978年缔结和平友好条约谈判过程中,两国老一辈政治家着眼大局,达成了“搁置争议;、共同开发”的重要共识,这才开启了中日邦交正常化大门,中日关系才有了40年的巨大发展,东亚地区才有了40年的稳定与安宁。如今,日本政府对钓鱼岛从“租借”到“购买”,借口“平稳管理”而单方面改变了钓鱼岛的所有权属性,对中日关系造成了严重伤害,或为中日开启永无宁日的灾难之门。

  日本方面虽然口口声声希望中国给出“大人”的成熟对应,但野田政府的行事方法却表现出不计前因后果鲁莽特征,依然未脱“12岁少年”的本色。世间万事,原因很重要,但后果更重要。尤其是外交问题无小事,不能为了顺从国内的理由而对外背信弃义;,更不能以国家诚信为代价而影响地区和国际的稳定大局。

  在处理钓鱼岛问题上,民主党政府表现蛮横,手段稚拙,而作为政治家的野田佳彦可能不无私心。民主党执政三年,内政纷乱,外交被动,经济滞退,救灾乏力。野田任内,在内政上成功推动消费税增税法案过关,在外交上希望能快刀斩乱麻,以强化日本在钓鱼岛的法理地位,从而落实“平成名宰相”的个人历史地位。但是,是否能够如愿以偿;,还是沦为“历史罪人”,完全不由野田和民主党政府说了算,而要看事件发酵后的影响和结局。

  日本政府对钓鱼岛实现“国有化”,消除了中日互相认可在海洋领土问题上保持了40年的模糊空间;,打破了中日关系的政治底线,激起了中国人的反日情绪,引起了严重的反制措施和难以预测的后果。其表现为:

  一、9月11日,中国国家海洋局公布钓鱼岛及其部分附属岛屿,共计71个海岛的标准名称和地理坐标;14日,中国政府向联合国递交了领海基点基线;16日,中国政府决定向《联合国海洋法公约》设立的大陆架界限委员会提交东海部分海域200海里以外大陆架划界案。

  二、中国对日经济制裁通过“抵制日货”的民间方式呈现,日本汽车、家电等在中销售下滑,刚刚恢复的访日旅游受到沉重打击。自2007年开始,中国已成日本最大贸易国,日本经济依赖中国严重。如果中国启动官方制裁,日本将付出巨大代价,远不是一个钓鱼岛所能承受的。

  三、中国海监船进入钓鱼岛海域护渔护航和调查巡航等将成为常态,而中国军方备战卫国呼声日高,中日面临爆发海上冲突的可能性,东亚地区的和平安定局面受到挑战。

  四、东海区的三个半月伏季休渔期在9月16日中午12点结束,在福建、浙江等沿海省份的中国渔船跃跃欲试,准备千帆竞发钓鱼岛,日方如何对应成为焦点。

  五、针对日本政府的“国有化”措施,中国连日爆发40年来最大规模的反日示威游行,遍及全国近百个城市,震撼了日本政府和日本社会。日本政府误读了购岛后果,被指是导致事态如此严重的主要原因。

  六、中日邦交正常化40周年和中日国民友好交流年,将出现虎头蛇尾的状况。随着大量中日交流项目和活动被取消或延期,中日友好的内涵受到重新审视,中日友好的未来令人堪忧。

  日本政府推行钓鱼岛“国有化”,是其利用东北亚敏感的领土问题来帮助解决国内政治和社会困境的公然挑衅之一。中日冲突升级,对两国人民的利益,对东亚地区的安定会带来重大损害。作为一个负责任的、主张大人式对应的国家,同时也是单方面激化钓鱼岛纷争的始作俑者,日本需要反思自己的不成熟作为,考虑如何为跌进冰点的中日关系亡羊补牢。

  尽管已是覆水难收,但日本必须有所行动,包括重新调整“国有化”方式在内的各种手段来缓解中日紧张局势、平息危险事态。事实上,日本只有承认“搁置争议”的原则共识,重新回到谈判桌前、回归对话轨道,才是唯一的出路。说到底,中日关系不仅有过去40年,还有更漫长的未来,绝不能被一个充满纳粹思维逻辑的漫画式政治老人和一个通过岛屿交易来讹取钱财的衰败家族所绑架。
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by damao36 | 2012-09-30 07:04 | 政治 | Comments(0)

日本と中国は“互いに見下す大人げない関係”になる?

 深川律夫氏の城山三郎経済小説大賞作品『黄河の疾風』を読んで、7月16日にその読後の感想を5か月ぶりにこのブログにアップしました。そのサブタイトルはこの小説の主人公大塚草児の母の手紙からとって「どうして、日本人は中国人を一段下に見るのか」としました。
    「私はどんなに立派な立場の人であっても、他を見下げる人を尊敬することができません。」
     母さん、その通りだと思う。そして、日本人を思う。どうして、日本人は中国人を一段下に見るのかねえ。
    それが、母さん悲しくてしょうがないよ。 (本書237ページ)


 私は今まで「見下げる」とか「一段下に見る」とか、そんな言葉を使ったことがありませんでしたが、尖閣諸島の問題をネットで調べているうちに、JPpressの2010年の記事に「見下す」という言葉を見つけ、「これからの日本と中国の関係はまさにこの“お互いを見下す大人げない関係”という表現がピッタシ、そんな関係になるのでは」と思ったのでした。

 その記事は、『中国の新ナショナリズム』という本を書いたオクラホマ大学政治学准教授のピーター・グリースさんへのインタビューです。タイトルは「お互いを見下す日本と中国の大人げない関係 米国が恐れる「第二、第三の衝突」の必然」です。http://diamond.jp/articles/-/9614

 今日19日の新聞には「都、週内にも尖閣上陸申請」という4段見出しの記事が載っていました。やがてまもなく自衛隊が駐留し、いろんな施設ができ、きっと韓国が竹島を実効支配しているような状況が出現し、日本人の尖閣諸島国境警備の観光と釣魚のツアーなんていうのが企画されたりするのではないでしょうか。


 そういえば7月17日のJPpress記事に富士通総研経済研究所主席研究員柯 隆さんの「日中の蜜月時代はなぜ終わったのか 尖閣問題の解決を「国力」に任せてはいけな」があり、その翌日には産経新聞ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員・国際問題評論家の古森義久さんの「中国の辞書に「妥協」「譲歩」という文字はない「永遠の摩擦」を覚悟するしかない領有権問題」という記事が載っていました。

 柯 隆さんの記事は以下のように結ばれていました。
     中国の数千年の歴史を振り返ると、国土面積の伸縮はその国力の強 弱と完全に合致する。中国に限
    らず、世界で国力の弱い国が国土を拡張するというのは聞いたことがない。反対に、国力の強い国が国
    土を縮小させることもない。
     領土・領海の所有権問題の解決を完全に国力に任せると、悲惨な結果となる。せめて日中は問題を棚
    上げし、共同開発など戦争をしない解決法を今から模索すべきである。
      http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35664

 古森義久さんの記事の結びは以下のとおりです。
     中国の南シナ海や東シナ海での領有権主張は、国際調停は不可能である。多国間の交渉も中国は断
    固として排する。たとえ2国間交渉でも中国は譲歩しない。そして相手が弱いと見ると軍事力を使って「解
    決」を図る。そうなると、相手国にとっては中国の主張に全面的に屈しない限り、紛争はどこまでも続くこと
    になる。
     米海軍大学校の「中国海洋研究所」のピーター・ダットン所長は中国の紛争相手国にとってのこの状況
    を「永遠の摩擦(パーマネントフリクション)」と表現した。紛争は永遠に続くということなのだ。
     だから日本にとっても尖閣諸島への中国の領有権主張は「永遠の摩擦」として覚悟し、毅然と対応する
    方途しかないのである。それがいやなら、中国の要求に屈するほかない。
     日本側がいくら「中国を刺激しない」という消極姿勢や妥協姿勢をとってみても、中国は譲歩はしてこな
    い。日本の主張を半分、入れて妥協することも決してない。足して2で割るという譲歩はないのである。
     だから日本は尖閣諸島という貴重な日本固有の領土を手放すという売国行為へと踏み切らない限り、
    国との「永遠の摩擦」に耐えねばならないのだhttp://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35682

 お二人の記事へのコメントを読んでみるとさんのは反論が多く、古森さんのは賛同する意見がまだ二つほどでした。

 ただ、古森さんの示される尖閣諸島領有権問題の解決策はというと、「「永遠の摩擦」として覚悟し、毅然と対応する方途しかない」「中国との「永遠の摩擦」に耐えねばならない」という我慢比べで、そんなことが日中間に“永遠”につづくとしたら、日本列島に住む身としてはなんともしんどい話ですね。

             (そういえばイギリスとアルゼンチンとの間でフオークランド紛争というのがあった。中国が
              日本を完全に見下したらあんなことが起こるかも知れない。でもその前にあの国は四分
              五裂するから、それまでの辛抱 そう考える楽天ネズミ)
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by damao36 | 2012-07-21 19:56 | 政治 | Comments(0)

台湾の「中華民国地図」には日本国との境界線がない。どうして?

 東京比例選出の衆議院議員中津川博郷氏が民主党を離党しました。理由は「尖閣諸島の国有化に反対した丹羽宇一郎中国大使を更迭しない政府の弱腰外交への抗議」と「この不景気下での消費増税に反対」だからだそうです。

 この方どんな政治家かと中津川氏のブログを覗いてみたら、「政界屈指の台湾通」と自称されていました。
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                   写真は7月9日 減税日本東京事務所開設パーティー。小沢氏右後列が中津川議員。

 6月7日のブログ記事は「中津川の尊敬する李登輝台湾元総統が、中国の学生に『尖閣は日本領』と説明。李登輝先生、ありがとうございます」で、李登輝氏とのツウー・ショットの写真もありました。

 6月8日の記事は「丹羽駐中国大使を即、クビに(更迭)しろ。『日本は変わった国』『中国へのODAを続けるべき』など、日本の国益を無視した発言の連続」でした。



 ところで、台湾の尖閣諸島に関する見解は李登輝元総統の言と同じなのでしょうか。

 2007年チベット問題が大きな話題となったときに、「チベットはいつから中国領土になったのか」という疑問で調べていたら、台湾で発行されている「中華民国地図」なるものが見つかりました。

 今日もWikipediaの「台湾」記事を検索したら、やっぱり同じ地図でした。
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 その「台湾」の記事に中華民国と沖縄との関係が書かれております。参考までに引用しておきます。
       沖縄県への認識 [編集]
       中華民国では、沖縄県地域を「琉球」と称することがある。琉球はかつて明朝や清朝の冊封国であ
      り、又、沖縄がアメリカ合衆国から日本国に編入されたことが中華民国政府との協議を経ずに進めら
      れたことを中華民国側は不満としていたとも言われるが、現在では中華民国側は、沖縄県地域に対す
      る日本の主権を否定していない[1]。しかし、例えば桃園国際空港の那覇行き便の行き先表示は「琉
      球」である。ちなみに香港から那覇行き便の行き先表示は「琉球島」となっている。


 
 そういえばこの地図、台湾と日本の国境線が書かれていません。台湾と言っても、日本の統治下での教育を受けた李登輝元総統ら内省組と大陸から移動してきた馬英九現総統ら外省組とでは、領土に対する意見も真逆なのではないでしょうか。


 それにしてもモンゴルまでが「中華民国」だというのはすごいですね。どうみても中国大陸よりもベトナムやフィリピンの目の前にある南沙諸島なども、この地図ではしっかり「中華民国」領になっています。


     
      
     (たった1週間の戦いでロシアは北方四島を今なお占有している。蒋介石がもっとしっかり中国を統一
      していたら、沖縄は中華民国領になっていたはず。私が中国人だったらそうも考える “”日 ネズミ) 


≪追加≫
尖閣問題で中国の9割以上が「武力行使」を支持 中台世論調査(産経新聞 2012.7.19 21:24 )
 【台北=吉村剛史】日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化方針に対し、中国市民の91%が「武力行使」も支持すると回答していたことが19日、中台メディアの合同調査で明らかになった。尖閣問題に「関心がある」と回答したのも中国の81%に対し、台湾は46%で、中国世論の強硬さが際立つ結果となった。

 台湾の保守系有力紙、中国時報が、中国の有力紙、環球時報との「初の両岸(中台)共同世論調査」として同日付で報じた。調査は電話で16、17日に実施。中台それぞれが計約1500人の回答を得た。

 その結果、尖閣諸島の主権問題に「関心がある」と回答したのは中国で80・8%だったのに対し、台湾では46・3%だった。武力行使については、「支持」が中国で90・8%だったのに対し、台湾では41・2%と温度差がみられた。

 台湾は尖閣諸島への主権を主張しつつも中国とは連携しないとしてきたが、「中台連携」に関しては、中国では85・3%が支持、台湾でも51・5%と過半数が容認する考えを示した。中台連携に関しては、南沙(英語名スプラトリー)諸島の問題が微妙に作用した可能性もある。
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by damao36 | 2012-07-20 20:12 | 政治 | Comments(0)

海江田・細野・平野大臣は信用できる 井上あさひキャスターは女神になれる

《ブログ「日日是生日」から転載》

 3.11から4か月が経った。

 最初の1か月は憑き物につかれたように原発ネタで記事を書いた。自分の不勉強もあったから。

 そして5月7日にブログを書くのをやめて2か月が経った。まだ、カンさんが首相だ。近ごろは「延命策には脱原発を言うにしかず」と思っているのだろう。原発推進派にも大きな障害になりつつある。

 「原発はタバコの害や自動車事故より危険はすくない」とか「核廃棄物は1万メートルの海底に沈めるか、砂漠地帯に捨てればいい。モンゴルあたりならお金でよろこんで引き取るはず」と説く池田信夫氏の意見にびっくり。それですむならしかたないかとも思ったが、それでもやっぱり“原発恐惶派”からは脱することはできず、カンさんがたとえ己の延命策のためだとしても、人は動機よりも結果だから、カンさんが、“脱原発”で行くなら、しばらくやらせるのももいいか。そして悪徳10人衆が総選挙での国民の負託をねじまげて、ひどい政党へと舵をきったように、今度はまともな民主党内の政治家が主になってカン政権を乗っ取ったらいい。今はそんなできそうもないことをなんとなく感じているのだ。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51693454.html (池田信夫:自動車や石油火力は原発より危険である)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51693454.html (池田信夫:核のゴミは解決できる)


 少なくともいま原発処理にあたっている海江田・細野・平野の3大臣、あまたの政治家の中では信用できる人たちではないのか。一種のカンではあるが、私はそう思っている。少なくともあの人たちは、他にもいるかもしれないけれど、昨年6月の代表選ではカンさんには入れていないはずだ。代表選ではカンさんには入れなかった人たちが、いまのカン政権を支え、やがて乗っ取る、これはしがない年寄りのあわい期待だ。

 さて、3.11以後に書いた34本もの記事のほとんどが原発だった。ただ2本だけは“みなさんのNHK”を取り上げた。原発に比べて読者の反応はイマイチだが、NHKがまともになることは大切なことだと思っている。どうもいまのNHKは小泉政権以来、経済界に乗っ取られている、私はそう危惧するのだ。本当は受信料なんか拒否したい心境なのだ。
http://lailai-hanyu.at.webry.info/201104/article_9.html (NHKはなぜ経済人がトップなのか――四権談合打破は夢の又夢)
http://lailai-hanyu.at.webry.info/201105/article_2.html (NHKの津波情報は結果的には「嘘をつく子供(狼少年)」だったのか) 


 でもだ。やっぱりよく見るのはNHKだ。テレビはニュースを除いて、BSを見ることが多いのだが。

 そういえば4月からNHKは3本あったBSを、どういう理由かは知らないけれど、2本に整理してしまった。整理することで内容も精選されてよくなるのならまだしも、結果は選択肢が減ってしまった。(デジタル・テレビを買ったので、BSがたくさんみれるとよろこんだが、これも期待外れ。どうして民放のBSは韓国ドラマとショッピング情報が多いのだろうか。節電はまずテレビからではないのか。

 それにNHKのBS1、午前中はどうしてアメリカ大リーグの中継ばかりを流すのだろうか。もともと日本の野球放送も見ない方だからかも知れないが、一体全体、受信料を払っている日本人のどういう人たちがどれくらいあの放送を見ているのだろうか。平日のあの時間帯でテレビをダラ~とみておれるのは私のような高齢者か主婦たちぐらいではないのか。

 それでもNHK番組にはすばらしいドギュメンタリーとか、CMのないスポーツ中継とか、中小国の映画とか、ときどき感銘する番組に出会うことは多い。

 そうだ。そういえば好きでなかったニュース9、近ごろはよく見るようになった。

 お目当てはあの女性キャスター。前の青山キャスターも健康的でよかったが、現在の井上あさひキャスターはもっといい。理由は言わなくても、わかる人にはわかるから、言わない。おしなべて軽薄おしゃべりの女性アナ(男も同じだが)ばかりのニッポンのテレビ界、その中にあっておしゃべりではなく、美しい目でじっとこちらを見つめる、いつまでもそうあってもらいたいものだ。


                                     (人は見かけが9割を信じる メンクイ・ネズミ)

≪蛇足≫まったく余計なお世話だが、「井上あさひキャスター」の経歴Wikeから抜き出してみた。「あさひ」という
    名前は気に入らないが、「趣味は箏」とあり、日本の音曲はまったくもって私には退屈な代物なのだが、
    あの人の演奏、きっと静寂な調べに相違ないから、聴いてみたいものだ。
       玉野市立荘内中学校、私立岡山高等学校、お茶の水女子大学卒業後入局[1]。高等学校在学時は野
       球部のマネージャーだった。

       鳥取と広島の両局で地上デジタル放送推進大使を務めた。岡山県出身ということもあり、中国地方全
       域の地域番組で起用される機会も多く地デジ大使としては民放各局の女性アナウンサーとともに活
       動、CMでは広島を本拠とするプロ野球チームである広島東洋カープのユニフォームを着用して放
       送開始をPRした。プライベートでもカープファン。

       趣味は4歳と1歳の甥と遊ぶこと。趣味は箏。人の顔を覚えるのは得意であるが名前を覚えることは苦
       手。身長167cm。
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by damao36 | 2011-07-12 06:41 | 政治 | Comments(0)

ハッカ(客家)と中華――中国の行き着く先は

 元外務省の日米安全保障条約課長、中東アフリカ局参事官などを経て2005年に退官し、貿易商をされている宮家邦彦氏が、JP-PRESSに「アジアのリーダーを輩出する客家系・華人リー・クアンユー、タクシン、李登輝、鄧小平・・・」というタイトルの記事を書かれていました。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3823

 本当だろうかと思って、Wikipediaの「客家人」(ハッカ・ジン)を検索してみたら、本当のようです。

 古くは文天祥(南宋末の官僚)、洪秀全(太平天国の天王)、黄遵憲(清末の官僚)、近代から現代にかけて孫文(中華民国初代総統)(但し客家ではないとする説もある)、宋慶齢・宋美齢姉妹(孫文、蒋介石夫人)、朱徳(中国共産党初代元帥)、鄧小平(元中華人民共和国中央軍事委員会主席、最高指導者)、葉剣英(中国共産党元老)、李鵬(中華人民共和国の元国務院総理)とつづきます。

 東南アジアの指導者としては李登輝(中華民国第8-9代総統)、呂秀蓮(中華民国第10-11代副総統)、タクシン・チナワット(丘達新 タイ国元首相)、リー・クァンユー(李光耀 シンガポール共和国初代首相、現顧問相。)、リー・シェンロン(李顯龍 シンガポール第3代首相・現職)、ゴー・チョク・トン(呉作棟 シンガポール第2代首相、現上級相) です。宮家氏の記事には空港で暗殺された現プィリッピン大統領の父コラソン・アキノ氏もそうだそうです。

 ハッカ(客家)とはそもそもどういう漢民族系の人たちなのか。Wikiにはこう書かれています。

      中国語の一方言である客家語を母語とする客家人は、漢民族の下位集団の一つととらえられる
     民族集団で、中国・台湾の国外で暮らす華僑(在外華人)人口の約3分の1を占める。客家を含
     む華僑はユダヤ人・アルメニア人・印僑と共に四大移民集団の一つと言われる。

 私が今興味を持っている国シンガポールというのは、第3代の現首相まで、ハッカの血統ですから、四大移民集団である華人をハッカが指導して作った国、ということですね。

 もともとこの地はマレーシアの領土のはずです。原住民にとっては渡来人の華人はなにかと目障りなので、一個所に追いやったつもりが、英語とマレー語しかしゃべれないリー・クァンユーという華人指導者が出てきて、1965年に独立されてしまった、マレーシアから見たシンガポールの誕生物語はそういうことではないでしょうか。

 ところで、リー・クァンユーのシンガポール共和国、一見西欧民主主義の自由主義国家に思われますが、実態はそうではないそうです。「事実上の一党独裁で、国民の政治的自由を厳しく制限する、警察統制国家」であり、「典型的な『開発独裁』型の国家資本主義体制であり、中国と似たような『シンガポール株式会社』と言ってよい」、宮家氏はそう述べています。

 ただ、共産中国との大きな違いは公務員の質なのだそうで、「公務員が『インチキ』をしないからこそ、シンガポールの政治システムへの信任が最低限保たれている。その意味でシンガポールは英国の長所と中国社会の長所がうまく組み合わさったシステムだと言えるかもしれない」、とも書いています。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2869(中国の進む道は、台湾かシンガポールか一党独裁国家の行き着く先~)

 中国人が日本人に比べてなぜ平気で国を捨てて海外に出て行くのか、不思議に思っていましたが、中華の民というのは、ハッカをその典型として、基本的には四大移民集団の一つだったのですね。

 それにしてもシンガポールという国が、政治的自由をある程度犠牲にしてでも、経済的富の確保を優先する現実主義を志向しているのは、やはり華人(外国に住む中国人が華僑、外国籍を取得している元中国人が華人)の国だからでしょう。

 考えてみると、あの鄧小平の「白いネコも黒いネコも」という発言、共産主義を信奉しているはずなのに資本主義の制度を平気で導入して、一国二制度と称するいい加減さ、これはひょっとしてハッカ的思考としては極めて自然な発想なのでは、日本”臣”民の私はそう思ったのでした。

 要するにシンガポリアンも中華大陸の民も「開発独裁型国家であろうと一党独裁の共産主義国家であろうと、民衆を食べさせられる政権ならば、それでいいのだ」、現実主義者であるあの人たちはそう考えているに違いありません。ですから、中国大陸が経済発展を続ける限り、中華の民は手間ひまかかる民主主義がいちばんで、是非とも導入しなくてはならないとは考えない、そんな気がするのです。

 宮家氏の記事の大きなテーマは「中国株式会社の研究」で、一党独裁国家の中国の行き着く先はどこかということです。宮家氏は、民主化した台湾ではなく、経済第一の警察統制国家・シンガポールがモデルになるのでは、いまのところはそう推測されています。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3764もし中国がシンガポールになれたら
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3706中国は絶対に民主化しない、してはいけない
 
 
 そこで「日本にホンコンやシンガポールができるのか」というテーマにもどりますが、結論は日本がホンコンやシンガポールみたいに他民族国家または都市を形成するためには、日本人もまた中華の民、いや東洋のユダヤ人ハッカのように、“自分が属している国家に対してもお客様態度で接する”ことができるかどうかにかかっている、そんな気が私にはするので、やはりムリだろうと思うのです。


 ところで、『日本辺境論』の内田樹氏のブログに毎日新聞の「経済観測」を読んでの感想として「シンガポールの悩み」という記事がありました。http://blog.tatsuru.com/2007/03/30_0959.php

     それは「文化と伝統がないこと」であり、コラムによると、「その最大の原因は言語を失ったこ
    とにある」。もともとシンガポールに来た華僑たちは故郷の福建や広東の言葉を話していた。けれ
    ど中国語の方言はお互いに通じない。しかたがないので、ビジネストークは英語と北京官話でなさ
    れた。結果的に、家庭内でさえ祖父母と孫の間でのコミュニケーションが成立しないことになっ
    た。そうやって父祖伝来の文化と伝統が断絶しつつある。
     「高層ビルや高級ブランドショップが並んでいても、文化とはいえない。シンガポールは文化振
    興のために外国から高給で演奏家を招いてオーケストラを作ったりしているが、欧米や日本のオー
    ケストラほどの水準に達しておらず、独自の雰囲気にも欠ける」
     たしかにある種の文化は金で海外から買えるだろう。でも、自分がいま暮らすこの風土との深
    く、暖かい「親しみ」は金で買うことができない。
     ……。
     シンガポール国民には「愛国」というときの「国」の対象が具体的ではない。
     シンガポールには「ランドマーク」といえるようなものが特にない(「世界三大がっかり」マー
    ライオンでは「国民統合の象徴」にはならないであろう)。
     だが、国民的統合を情緒的に下支えしているのは実は「兎追いしかの山」や「夕焼け小焼けの赤
    とんぼ」が歌う幻想的な風土である。「故郷の山河とその生活を守るためなら死んでもいい」とい
    う種類の熱価の高い愛国心が高揚するのは、その前提に「それが一度失われたら、もうどこにも代
    替物がない」という「とりかえしのつかなさ」についての確信があるからである。
     シンガポールの場合、「一度失われたら取り返しがつかない」ような種類の風土や文化や伝統の
    「原点が存在する」という確信が国民的規模では共有されていない。
     ……。
     おそらくそのせいで、国民があまり「愛国的ではない」ことにシンガポール政府は危機感を抱い
    ている。そのために「シンガポールを愛しましょう」という大々的なキャンペーンが政府主導で行
    われているのだそうである。
     ……。
     シンガポールのもう一つの悩みは軍隊が国内にいないことである。
     あまりに国土が狭くて、軍隊を置く場所も演習のためのスペースもないのである。
     だから、陸軍と空軍はオーストラリアとアメリカに常駐している。
     シンガポールが他国から侵略された場合にはオーストラリアからシンガポール空軍機が「迎撃」
    するために出動しなければならない。
     ……。
     これでは、「私たちは何を守り、何を伝えるためにシンガポール国民であるのか?」という根本
    的な疑問がシンガポール国民にときおり兆すことを止めるのはむずかしいであろう。
     世の中にはいろいろな悩みがあるものだ。


 なるほどそんな悩みもあるもんだと思いましたが、これは統治者の悩みであって、シンガポールに住んでいる生活者の悩みではないのではとも思いました。

 外国人にとっては「兎追いしかの山」をもつ愛国心溢れた日本人の住む那覇や大阪は、やっぱり流浪の民の作る人工都市とは住みがってが違うのではないでしょうか。

         (ホンコンのタクシー運ちゃんに北京語で話しかけたら、「何だこの田舎者は」という
          目で見られた。シンガポールの運ちゃんにもう70を超えたと言いたくて、李白の”
          人生七十……」という句を途中まで言ったら、「……古来稀」と返ってきた。私も日
          本のハッカかもと思っている””日ネズミ)


≪蛇足≫
「客家」(ハッカ)はなぜ「客」という文字を当てられているのでしょうか。それは国内でも下の写真のような”福建土楼”と呼ばれる住居に住んだりしているからではないでしょうか。
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by damao36 | 2010-07-08 07:37 | 政治 | Comments(0)

「菅」には「姦」の意味もある

 「北京ランダム・ウォーカー」というタイトルで中国情報を伝えている元『週刊現代』副編集長で現講談社(北京)文化有限公司副経理の近藤大介氏が、鳩山前首相と菅新首相の苗字についての中国人の反応を書いていました。
  http://gendai.ismedia.jp/articles/-/662?page=3「官という名前から中国人が連想する『草菅人民』とは」

 近藤氏は、昨年9月に鳩山政権が誕生した時、「アジア重視外交」を掲げた鳩山首相に中国人は拍手喝采を送っていると思い、すでに引退した旧知の中国人元外交官に鳩山首相の心象を聞いてみたそうです。すると、意外な答えが返ってきたそうです。
      「中国はね、ご承知のように漢字の国なんだよ。『鳩山』という名前を聞いて、大方の中国人は、一人の人
      物を思い浮かべる。
      それは文化大革命の時に、江青(毛沢東夫人で文革を主導した四人組の一人)が指導した革命模範劇
      『紅灯記』に登場する、鬼のような悪役の日本人『鳩山』だ。だから、鳩山首相がいくら中国重視を唱えて
      も、気の毒だけど名前が悪いねえ」

 菅直人新政権が発足したので、近藤氏は再度、くだんの元外交官に、新首相の心象を聞いてみたら、彼は、再
び顔を曇らせてこう言ったとのことです。
      「前に、中国人は人を漢字で判断するって説明したでしょう。『菅』という字を見て、中国人が共通して思い
      浮かべるのは、『草菅人民』という4字熟語だ。『指導者が人命を軽視する』という意味だ。現代中国語で
      は、『菅』という漢字は、この4字熟語にしか使わない。だから、菅首相のイメージがいいわけないでしょう」


 手元の漢和字典にはこの成語はありませんでしたが、中国語の辞書には、「草菅人民」というのはありませんでしたが、「草菅人命」というのがありました。

 意味は「人命を草や菅草のように取り扱うこと。人命を軽視すること」(treat human life as if it were not worth a straw.)です。この成語の構造は「V+O」で、訓読すると「人命ヲ草菅ス」ということでしょう。「草菅」とは名詞ではなく、きっと「ヘナヘナな草や菅のようにヘナヘナにする」という動詞に使っているのです。

 それなら、「菅」というのはそんなに悪いイメージの姓なのでしょうか。

 そういえば平安後期の漢学者で右大臣、今や学問の神様といわれる菅原道真(845-903)という人がいました。 江戸時代には儒者で詩人で、頼山陽ともども昔はかなりの有名人だった菅茶山(1748-1827)という文人もいました。中国にも「菅」という姓があると、中国語辞書にも書かれています。

 それではこの「菅」という字、どんな意味の文字でしょうか。

 ある字書の文字解説では「官は音符で、管に通じ、くだを意味する。茎がくだ状にになっている、すげの意味を表す。」とあり、音と意味を組み合わせた形声文字でした。「菅」は「管」に意味もかさなり、日本語読みはいずれも「カン」ですが、中国語はなぜか「jiān」と「guān」で、これは疑問です。

 「菅」の意味は「①すげ。茅(かや)の一種。②ふじばかま。あららぎ。③水につけた茅。④わたくし。よこしま。姦。⑤地名。」とありました。

 問題は④の「わたくし。よこしま。姦。」でしょう。

 どうして「すげ」「かや」などのかよわい草名が「姦」などというおかしな意味に転じているのでしょうか。

 字書の引用例文は「[管氏、牧民]野蕪曠、則民乃菅。[注]菅、当為姦。」とあります。訓読すると、「野蕪曠ナレバ、則チ民乃チ菅ナリ。」でしょう。「田野が荒れると、民はよこしまになる」という意味だろうと思いました。


 確かにこの「菅」という文字、中国でも「草菅人命」という成語で使われる程度の文字のようです。でも、こんな成語を知っているのはかなりの知識人だけに相違ありません。中国でも人名や地名があるということですから、いちいち気にするほどのものではないはずです。でも、菅内閣が「わたくし」したり、「よこしま」なことをしたら、やっぱりこの「菅」は「姦」だったと攻撃されるに違いありません。心してほしいものです。


 今日の新聞には「常用漢字196字追加答申」という記事がでていました。

 漢字もIT時代で、ふえる傾向にあるのだそうで、いく昔も前の、福田恒存・三島由紀夫対漢字制限論者との国語漢字論争、なつかしいですね。

 ”漢詩漢文博士”の石川忠久先生は「3千字程度までにさらに増やしていくべきだ」と新聞で語っていましたが、「鬱」なんていう漢字、いまどきの小中学生、我慢して覚えようとする耐性があるのでしょうか。


 韓国や北朝鮮も昔は漢字を大いに使っていました。なのに、いまはオール、ハングルです。中国と近いだけに、反発が大きいからでしょうか。どうしてわが国は漢字を使い続け、さらにふやそうとするのか、ある意味、不思議ですね。


               (お隣のハングルもまったく読めない、ましてやモンゴルやタイやアラビヤの文字をみると、
                よくもまああんな文字が読めるものだと感心する 漢字オタク ネズミ)

≪追記≫
 ふつうの中国人に、「Rìběn Jiān shǒuxiàng」(日本Jiān首相)と中国語で発音したとき、まずどんな漢字を思い浮かぶかを聞いてみました。するとやはり、「奸」か「姦」かなあ、といっていました。前後のつなぎから、「奸」とか「姦」とかが思い浮かび、「日本のよこしまな首相」ということかと理解するのでしょう。
 この字と同音の漢字に「間」「監」「肩」「兼」「尖」「煎」「漸」というのがありますが、上記の中国人、「菅」は「guān」ではないかといい、正しく読めませんでした。でも、発音だけを聞いたときのイメージ、やっぱりいくらか問題ですね。
 わが国でも「小沢」を「汚沢」と書くブログもあるのですから、「””首相」とか「””直人」とか書くブログ、私のこの文を読んで(自惚れ<ダー)、さっそく出てくるのではないか、たのしみです。
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by damao36 | 2010-06-09 12:11 | 政治 | Comments(0)

「黒を決して逃すことがあってはいけない」――この言葉はどうして危険なのか

 今さっき「佐藤栄佐久公式サイト」を覗いてみたら、「国民はどこにいるのか 国民はだれが護るのか(2)」という記事がありました。

 この佐藤栄佐久氏は2006年10月、福島県発注のダム工事で「天の声」を発したとして、弟ともども逮捕された元福島県知事です。

 2008年8月の東京地裁の一審判決は懲役3年、執行猶予5年、2009年10月の東京高裁の二審判決は懲役2年、執行猶予4年でした。この判決は執行猶予がついていますので、実質無罪と同じだそうですが、しかし佐藤氏は「検察が作り上げた事件で、有罪は納得できない」と、目下上告中です。
 
 また、当事者としての事件とのかかわりや検察の取調べの模様などを冷静に振り返って執筆、昨年9月に平凡社から 『知事抹殺 つくられた福島県汚職事件』Iという書を出版されています。

 
 その佐藤さんの昨日の記事には、検察のイメージアップのためか、最近は元検事という方がよくテレビに出るようになっているが、元東京地検特捜部長の熊崎勝彦氏がある番組で発言された以下の言葉について「これは、大変大きな発言です。・・・ともすれば正義感の表れのようにも聞こえますが、とても危険な考え方です」と述べていました。その発言とは以下の言葉です。

        白を黒ということがあってはいけないが、
      黒を決して逃すことがあってはいけない


 
 私にはなぜこの言葉が「危険な考え」なのかよく分かりませんでした。しかし、栄佐久氏の以下の文を読んで、なるほどと思いました。

     人間は無謬ではありえないので、熊崎氏の言葉の前半と後半は、現実的には相容れない考え方で
     す。黒を須く捕らえようと思えば、その中に白が入ってしまうことは不可避だからです。

     「黒を決して逃すことがあってはいけない」は近代司法の考え方を否定する言葉といえます。

     「百人の罪人を放免するとも一人の無辜の民を刑するなかれ」
     これは熊崎氏の言葉と真っ向から対立する重要な概念です。

     推定無罪の原則は、フランス革命までさかのぼり、西欧が数々の流血の歴史を経て確立しました。

     なぜ血を流してまで守らなければならないのか、この言葉がどれほど大切かを噛みしめるのには、無
     実の菅家さんが失った人生の大切な年月を思えば容易なことと思われます。
     また菅家さんに決して謝罪をしなかった元検察官はその「正義」の無責任さを体現しているのではない
     でしょうか。

     罪のない人がなぜ自白するのか。そこで武器として使われるのが、相手の人格を否定し、周りの者を
     生活を脅かすことをほのめかす、マフィアまがいの精神的拷問です。

     熊崎勝彦氏の言に見え隠れしている、黒を逃がさないために、正義のためには何をしても許されるとい
     う、誤った信念。拷問と国民の負託を受けた国会議員の逮捕と失脚を狙った印象操作、そこにあるのは、
     人権と民主主義の否定です。
 


 私は佐藤栄佐久知事逮捕のニュースを見た覚えはきちんとあるのですが、その裁判の結果がどうなっているのかはまったく知りませんでした。

 先月、あるブログで佐藤栄佐久氏にかかわる福島県知事汚職事件が検察によって作られたものであることを知り、1月24日のブログに「こんなことが起こっていいのか――佐藤栄佐久『知事抹殺』書評」という記事を書きました。


 その中で紹介した元NHKワシントン支局長手嶋龍一氏の『知事抹殺』を読んでの書評、再度掲載しますので、まだな方は拡大してお読みください。
画像


    
          (くだらぬ原稿を吐き出して高級を食むすジャーナリストになった気分の 私設NHK特派員ネズミ)
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by damao36 | 2010-02-07 17:57 | 政治 | Comments(0)

「やまとだましい」(和魂・大和魂)とは

 先の大戦開戦から3年間首相を務めた東条英機を、今年は90歳になられる作家の阿川弘之翁(1920年生)が「つゆ和魂なかりけるもの」の代表だと、その著『大人の見識』(新潮新書・2007年)の中で、悪口を書いています。

 どうして東条英機が「つゆ和魂なかりけるもの」(「やまとだましい」のまったくない奴)なのでしょうか。

 阿川翁はまず日本人の欠点として「軽躁」(落ち着きがなく、軽々しく騒ぐこと)を挙げており、そのことを見抜いていたに違いないとして戦国武将武田信玄の「武将の陥りやすき三大失観」を引用して、以下のように述べています。

     一つ、分別あるものを悪人とみること
     二つ、遠慮あるものを臆病とみること
     三つ、軽躁なるものを勇豪とみること
     (武田信玄は)そう戒めています。さすが風林火山を旗じるしに掲げた武人の洞察力だと思います。風林の
    「林」は「徐かなること林の如し」で、軽躁の反対、静謐の価値を重く見ているんですからね。
     信玄の言う「軽躁なるものを勇豪とみること」は、時代が現世に近づくにつれて「失観」とも思わなくなるので
    すが、歴史を逆にたどって行くと、古く平安時代の説話で、やはり軽躁を戒めたものがあるのです。

 つまり、「つゆ和魂なかりける」東条は「軽躁なることを勇豪だとカン違いしている指導者」と見ているのでしょう。「和魂」とは「軽躁」なんかではないと戒めているその出典は、平安末期のわが国最大の古代説話集『今昔物語集』の「明法博士の清原善澄が強盗に殺されたこと」(第29巻第20話)で、阿川翁は以下のように要約説明しています。
http://www.wombat.zaq.ne.jp/esperanto/konzyaku/kon2920.htm(原文ご覧ください)

      清原善澄という学者の家にあるとき強盗が押し入り、家財道具一切合切を盗んで行く。床の下に隠れて
     それを見ていた善澄は、どうにも悔しくて我慢ならなくなり、ようやく一味が立ち去ろうとする時、後ろから、
     「お前たち、明日、必ず検非違使に届けて捕まえてやる」と罵った。怒った泥棒がとって返して、善澄は切り
     殺されてしまう。この話、『今昔物語』に出ています。作者は、こう批判している。
      「善澄、才はめでたかりけれども、つゆ、和魂無かりけものにて、かくも幼きことをいひて死せるなりとぞ

 この「和魂」、平安時代の古文は訓読が原則ですから、「やまとだましい」と読ませています。、阿川翁はさらに以下のように述べています。

      「やまとだましい」は明治以降、特に昭和初期の軍国時代、「大和魂」と表記されて大いに持てはやされ
     ました。「若い血潮の予科練の」で始まる西条八十作詞の『若鷲の歌』(昭和18年)にも、「ぐんと練れ練れ
     攻撃精神、大和魂にゃ敵はない」という有名な一節があります。一般には、こうした「撃ちてし止まむ」風の
     勇猛な精神が「大和魂」だと思われているようですが、『今昔』が「和魂」と書いている通り、本当は漢才に
     対する和魂なんです。日本人なら持っていて然るべき大人の思慮分別なんです。
     http://www.youtube.com/watch?v=sSp_BrnJ7rY「若鷲の歌」。軍歌、なつかしいです。私も予科練希望でした。


 私はなるほどと思いながら、本当だろうかと『広辞苑』を引いてみました。

     やまと-だましい【大和魂】
      ①漢才すなわち学問(漢学)上の知識に対して、実生活上の知恵・才能。和魂(わこん)。源氏物語(少
       女)「才を本としてこそ――の世に用ひらるる方も」⇒漢才
      ②日本民族固有の精神。勇猛で潔いのが特性とされる。椿説弓張月(後編)「事に迫りて死を軽んずる
       は、――なれど多くは慮(おもんはかり)の浅きに似て、学ばざるの悞(あやまり)なり」


 「和魂漢才」という語もありますが、この語は室町時代の『菅家遺誡』に出ているそうです。その語のもじりとして明治以降には「和魂洋才」という語が使われています。こうした「和魂」とか「大和魂」とかいう語を見聞きすると、私はどうしてもどこかの国や地域と比べてわが国精神文化の優位性を強調した語だととらえていたのでしたが、「やまとだましい」とはもともとは学問・知識(漢才・洋才)とは異なる日常生活を送るときに必要な思慮分別であり、生活の知恵であり、生活者の感覚・才覚のことなのですね。

 大戦開戦当時のわが国がどういう状況にあったか、詳しくは知りませんが、ひょっとして国際社会の中では今の北朝鮮みたいに孤立していたのではないでしょうか。国民の大部分は戦争なんか欲していなかったのに、そういう状態に我慢できず、負けるに決まっているアメリカとの戦いを東条たちは始めた、だから「つゆ和魂なかりけるもの」といっておられるのでしょう。


 さて、話し変わって、今の小沢・鳩山の「政治とカネ」の問題、生活者としては虚偽記載違反とか贈与税逃れとか(収賄罪が立件できたら別ですが)で、お二人が進めようとしているわが国の“大掃除”を中止に追い込むようでは、「(地検や自民)、才はめでたかりけれども、つゆ、和魂なかりけものにて、かくも幼きことをいひて(民主主義の定着は)死せるなりとぞ」ということにならないか、そう思うのです。正義を振りかざす自民党、公明党、共産党らが、日本の“大掃除”は必要ないとのお考えでしたら、仕方のないことですが。


           (”大掃除”なんかはじめて、ネズミ退治なんかされたらかなわん そんな迷いもあるドブネズミ)
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by damao36 | 2010-01-24 09:52 | 政治 | Comments(0)

阿川弘之翁の鈴木貫太郎評――『大人の見識』から

 国の運命を左右する要職に在りながら、「つゆ和魂なかりけるもの」の代表は東条英機陸軍大将だと大正9年(1920年)生まれの阿川弘之翁は『大人の見識』(新潮新書・2007年)の中で、開戦から3年間首相を務めた東条英機の悪口を書いています。

 「大人の見識」とは悪口をいうことかと思われる方もおられるでしょうが、ご自分でも「いっそ題名を『老人の不見識』にしたら」とおっしゃっていますけれども、だれかの悪口ばかりを書いているわけではありません。

 阿川翁は学徒動員で予備学生として海軍に入り、少尉に任官しています。イギリス海軍の精神に学んだ日本の海軍では「ユーモアを解せざるものは海軍士官の資格なし」、「海軍に入った以上、体のこなしもものの考え方もワイヤのように柔軟であれ」という基礎教育を受け、そのような“ネイビズム”(海軍精神)への思い入れは強くあります。きっとそのせいでしょう、帝国陸軍はユーモアを解さず硬直した集団だと、お嫌いのようです。

 その阿川翁が東条英機陸軍大将とは正反対に賞賛している人物がいます。それは終戦の年の4月、77歳と言う史上最高年齢で首相就任という記録を持つ鈴木貫太郎海軍大将です。


 それでは鈴木貫太郎提督の語録を列挙しておきます。

    「深い哀悼の意をアメリカ国民に送る」 (ルーズベルト米国大統領急逝へのステートメント
       これに対して世界各国で大きな反響があり、亡命中のドイツ作家トーマス・マンは以下のようにドイツ国
      民に語りかけたとのことです。
         これは呆れるばかりのことではありませんか。日本はアメリカと生死をかけた戦争をしているのです。
        あの東方の国には、騎士道精神と人間の品位に対する感覚が、死と偉大性に対する畏敬が、まだ存
        在するのです。これが(ドイツと)違う点です。ドイツでは……。
(P39)

    「いやしくも名将は特攻隊の力は借りないであろう。特攻隊はまったく生還を期さない一種の自殺戦術であ
    る。こうした戦術でなければ、戦勢が挽回できなくなったということは明らかに敗けである。だが敗けるというこ
    とは滅亡するということとは違うのであって、その民族が活動力さえあれば、立派な独立国として世界に貢献
    することもできるのであるが、玉砕してはもう国家そのものがなくなり、再分割されてしまうのだから、実も蓋も
    ない」
(P44)

    「戦争は勝ちっぷりが良くなくてはいけないが、負けっぷりも良くないといけません。鯉は俎板の上に載せら
    れたら、包丁をあてたってびくともしない。あの調子でどうか吉田さん、負けっぷり良くやってください」
(P47)
     (鈴木内閣の次の内閣の外務大臣になった吉田茂へのメッセージ
  
 
 鈴木首相は東条英機がいる重臣会議では卓を叩いて「理外の理」を主張し、「本土決戦をしてでも最後まで戦い抜く。利あらざる時は死あるのみ」と、東条と同じ意見を大声で述べたりします。しかしこれは一生一代の演技だったと阿川翁は推測します。総理大臣の顔つき、人間としての風格が海外では「国家の品格」として受け取られる、その優れた例として鈴木提督を賞賛し、終戦処理の功績を以下のように述べています。

     何しろ軍の強硬派は、広島長崎への原爆投下、ソ連の参戦という非常事態に直面して尚、本土決戦一億
    玉砕の主張を翻さなかったのです。鈴木さんは逆に、この悲惨事を好機として一挙終戦に持ち込むんです
    が、もしそれも失敗に終わっていたら、日本はどうなっていたと思いますか?団塊の世代なんてものはこんに
    ち存在しないんですよ。全国各地で沖縄戦と同じ状況が繰り拡げられて、陸海軍の将兵はもとより、女子挺
    身隊の若い娘たちも次から次へ斃れて行く。天皇御一家は松代大本営の地下壕の中へ無理矢理移されて、
    最後は両陛下も皇子皇女も、刺しちがえたり毒を仰いだりしてお亡くなりになる。二千年の歴史を持つ東洋の
    君主国は、文字通り亡び去ったでしょね。 (P45)


     (「首相の品位が国家の品格として受け取られる」という。麻生さんと鳩山さん、どちらが品格があるのか、
      目下検討中の 面食いネズミ)  

≪追記≫
Wikipediaの「鈴木貫太郎」と「坂の上の雲 鈴木貫太郎」を読んだら、阿川翁の言っていることはでたらめではないと思いました。おヒマでしたらご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%B2%AB%E5%A4%AA%E9%83%8E
(Wikipedia 鈴木貫太郎)
http://sakanouenokumo.hp.infoseek.co.jp/onikan.htm(坂の上の雲 鈴木貫太郎)
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by damao36 | 2010-01-21 09:44 | 政治 | Comments(0)

阿川弘之翁の東条英機評――『大人の見識』から

 『文藝春秋』を読むとき、私は必ず随筆巻頭の阿川弘之氏の文章から目を通すことにしています。また、その娘さん阿川佐和子さんは私の好きな女性のお一人です。

 前回の私のブログ記事「南京大虐殺の真相――船戸与一の『灰塵の暦』」で東条英機のことに触れたので、1年ほど前に読んだ阿川氏の『大人の見識』(新潮新書・2007年)に東条英機への小気味よい悪口が並べられていたことを思い出し、忘れないためにここに引用して紹介することにしました。

   (「老人の不見識――序に代えて」から)
     戦争中、ある意味で日本人は思考停止の状態にありましたが、戦後も逆のかたちで思考停止をやってい
    る。……。
     近頃はまた反動の反動が来て、日本の対米開戦を肯定するような議論も見かけますが、僕は賛成しませ
    んね。……。別に自慢にもなりませんけど、開戦当時の首相、その意味では日本を滅ぼしかけた最高責任
    者東条英機の、例の「ここに嚇嚇たる戦果が――」という有名な演説口調を、僕はじかに耳にしているんで
    す。 (P7)
 
   (「第一章 日本人の見識  東条の演説」から)
     国の運命を左右する要職に在りながら、「つゆ和魂なかりけるもの」の代表は、やはり東条英機陸軍大将で
    しょう。開戦の少し前から戦中の3年間総理大臣兼陸軍大臣を務めたこの人に、僕は今も非常な不満と不信
    感とをもっています。死者に鞭打つことはしないのが東洋の礼節かもしれないが、あえてそれを無視して不満
    を述べたい。 (P19)

     そのあとすぐ(引用者注;安田講堂で「嚇嚇たる――」の演説を聞いた後)、私は予備学生として海軍に入り、
    やがて少尉任官、……三宅坂あたりで東条首相の車とすれちがったこともあります。……、そういう時は姿勢
    を正してきちんと敬礼しましたが、実際に尊敬の念を抱くとか、ひそかに親しみを感じたとか、そんなことは一
    度もなかった。何しろやることがみみっちいんだもの。 (P21)

     ……。それも含めて東条に対して極めて批判的だった知識人の一人は外交評論家の清沢洌ですね。清沢
    の『暗黒日記』(岩波文庫)には、こう書いてある。
    「世界においてかくの如き幼稚愚昧な指導者が国家の重大時期に、国家を率いたることありや――僕は毎
    日、こうした嘆声を洩らすのを常とする。帝大の某教授(辰野隆氏)曰く、『東条首相というのは中学生ぐらい
    の頭脳ですね。あれぐらいのものは中学生の中に沢山いますよ』と」 (P22)

     高松宮は早い時期にもう、日本の敗戦必至と見て、今後は戦争目的を如何に上手に負けるかに切り替え
    て行くより仕方がないと考えておられたのですが、「必勝の信念」を持つ東条が政権を握っていてはどうに
    もならない。ある日沈痛な面持ちで細川さん(引用者注;私設情報係りの細川護貞氏)に、
    「もうこうなったら東条を殺すしかない。誰かやる奴はいないか」
     と言い出されるのです。それに対して護貞さんは、明智光秀の「本能寺の変」の故事を持ち出して、
    「殿下がそれを仰有っちゃいかん。しかし一旦口に出された以上、すぐ実行しなくては逆に殿下のお命が危な
    い。やりましょう。電話をかけて、東条に此処へ来るよう仰せつけいただきたい。東条は必ずやって来ます。そ
    の時私が刺します」
     と、自分も命を捨てる覚悟で答えるのです。(引用者注;『細川日記』中公文庫) (P23)
    
   (「第一章 日本人の見識  局長ならば名局長」から)
      ……。「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と言うくらいすべて不足がちの時世に、陸軍はアヘンの密売で金を
    貯めて莫大な機密費を持っていたらしい。高木惣吉少将の戦後証言によれば、重要な会議のあと、要人が
    帰る車の中に洋服地や高級タバコ、高級ウイスキーなど普通は手に入らないものが積んであったそうです。
    機密費を使って何くれと付け届けを欠かさないので、宮中筋ですら東条の評判は割りと良かったといいます。
    (P26)

     恣意的な報復の実例がたくさんあるのです。……。
       (引用者注;懲罰招集の例として、「竹槍では勝てない」という記事を書いた毎日記者新名丈夫、東条を批判した東海大学創立者
         松前重義氏を挙げており、いずれも40前後で一兵卒として招集されたそうです。


     口では名誉の入営、栄えある出征といいながら、実のところ軍隊に取られるのは懲役に処せられるのと同
    じだと証明しているんですよ。細川護貞は、これについても、
    「海軍の計算によれば、斯くの如く東条の私怨を晴らさんが為、無理なる召集をしたる者七十二人に及べり
    と。正に神聖なる応召は、文字通り東条の私怨を晴らさんが為の道具となりたり」(昭和十九年十月一日)
     と書き残しています。 (P28)     

     その陸軍大将が、今、護国の神として靖国神社に祀られています。僕は信仰心が薄くて、人間死ねば無に
    帰すると考えているし、業績が後世に残ることは認めても、霊魂が残ってお盆にふるさとの家に帰ってくるな
    んてことは信じてませんから、靖国神社参拝も殆どしていません。それがもしお参りに行くとしたら、二十代で
    戦死した同期生たちに何かを訴えに行くのであって、この機会に東条さんのみたまを拝んで来ようなんて気
    にはなれそうもないですね。 (P32)

   (「第一章 日本人の見識  沈黙を守った人々」から)
     ただし、自殺やりそこないの傷が癒えて東京裁判の法廷に立って以後の東条は、なかなか立派だったと聞
    いています。
     ……。それで、多くの人が、他のことはともかく東条さんの天皇崇拝の念は非常に強かったと思っているら
    しいが、果たしてそうだったのかどうか。(P33)

     ……。陸軍第一国家第一主義、陸軍の言うことをきかぬ天皇なら強要してでも従わせろ、それで駄目なら
    幽閉して、別の皇族を天皇に立てればいいというのが、長年にわたる陸軍の皇室観だったのではないです
    か。 (P34)

     さて、これまで語ったところを振り返ってみると、僕は『細川日記』や清沢洌の『暗黒日記』を引用して、東条
    の悪口ばかり言ってますが、これは、先に述べた通り、アメリカとの「負けるに決まった」戦争が始まりそうな
    時、大勇猛心をふるってそれを阻止する人がいなかった、国の指導者層は「つゆ和魂なかりけるもの」ばかり
    で、その代表格が東条首相だと思うからこの人を取り上げたのでして、日本を滅亡の淵まで追い込んだ責任
    者は、陸軍の各部局を始め、海軍にも言論界にも大勢います。 (P35)

            (ザ・カルト・オブ・ヤスクニ全盛だった2007年ごろにこの翁はこんなことを書いていたのか 
             年寄りの言には素直に耳を傾けるべきだと考える 年寄りネズミ)
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by damao36 | 2010-01-11 15:36 | 政治 | Comments(0)