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甘粕正彦、内田吐夢、そして中国映画

佐野眞一さんの『甘粕正彦―乱心の曠野』(新潮社・2008)を読んでいたら、満州映画協会理事長の甘粕正彦が服毒自殺したとき、理事長室にいち早く駆けつけ、馬乗りになって甘粕理事長の飲んだ青酸カリを吐かせようとしたのは映画監督の内田吐夢だった、と書いてありました。

第2代の満映理事長になった甘粕は自分の信条とは正反対のはずの左翼かぶれの人でも平気で受け入れていたので、ここには元赤旗編集長とか、戦後「毛沢東思想学院」を作り、赤軍派に肩入れした大塚有章とかいう人たちもいたのでした。

この内田吐夢という人も戦前の日活で『限りなき前進』、『土』などの名作を撮って、高く評価されていた監督なのですが、会社の方針と衝突して、1941年、甘粕の満州映画協会に拾われた人です。

日本の敗戦を迎え、甘粕は自死することを公言しますが、社員たちは理事長を自殺させないように拳銃を隠し、見張り番を立てて警戒します。しかし、甘粕は事務処理が終わった時点で隠し持っていた青酸カリで服毒自殺をしてしまいます。その後の満州映画協会で働いていた人たちは、多くはすぐに帰国するのですが、約80人がその後も中国に残留することになります。

すぐに帰国した映画人は戦後に発足した新しい映画会社の東映に所属し、高倉健の『仁義なき戦い』などの任侠映画を作ります。あの切ったはったは”満州”で地獄を見たからこそできたのでしょうか。

中国残留組は戦後8年たった1953年に帰国するのですが、その間、31本の中国共産党の国策映画製作に協力します。内田吐夢とか木村荘十二といった監督、八木寛という脚本家もその残留組の一人でした。

2005年、NHKで『中国映画を支えた日本人~“満映”映画人 秘められた戦後~』が放映されたそうです。残念ながら私は見ていないのですが、満映に6年間、中国国策映画の製作に8年間従事し、帰国後は新藤兼人らの独立プロで働いた岸富美子さん(現88)という方が語り部となっているドキュメンタリー番組だそうです。

私が大学生のころ、『白毛女』という中国映画があり、大学祭などで上映されたりする、ほとんど唯一の中国映画でした。中国共産党のプロパガンダ映画ではありますが、オペラのように歌が多く歌われ、「北風吹」など、その中国的なメロデーのいくつかはいまも耳に残っています。岸さんはこの『白毛女』をふくむ10本の映画に、フイルム担当としてかかわったのです。
http://jp.youtube.com/watch?v=B_kqzpq03Wc&feature= (映画『白毛女』は新中国成立2年後の作品です。その挿入歌は意外と名曲が多いと思ったのですが、いかがでしょうか。)



さて、内田吐夢という人ですが、工人帽をかぶって帰国した当初は毛沢東思想の信奉者のごとき言動があったそうです。しかし、すぐにベレー帽にパイプといういでたちに戻り、帰国2年後の1955年には片岡知恵蔵、加東大介の『血槍富士』のメガホンを取り、その後は『大菩薩峠・3部作』(1957~59)、『宮本武蔵・5部作』(1962~71)などの大作を発表。一方、 アイヌの問題を扱った『森と湖のまつり』(1958)、部落問題を底流に描いた『飢餓海峡』(1965)など、現代社会の弱者を鋭く照射した、一貫して骨太な男性映画を製作したとのことです。


ところで、北京オリンピックの開会式、いかがだったでしょうか。

お国自慢で鼻に来たという人も多かったでしょうが、あのようにハイテクを自由に駆使し、数千人の群集をまとめきる演出技量には、素直に驚嘆するのも自然なのではないでしょうか。

聞くところによると、演出担当のチャン・イーモウ監督のもとには日本人女性が衣装のコディネイターとして協力していたとのこと。そのチャン監督、もともとはカメラマンだそうですが、その師匠の師匠である、『白毛女』のカメラマンの馬守清さんは満映残留組から指導を受けた人なのだそうです。そのせいかわかりませんが、チャン監督は高倉健を敬愛し、とても親日的です。

『白毛女』には岸さんの名前は中国名で記されており、中国で『白毛女』に日本人が関係したということは語られてはいないそうですが、2005年、北京に開館した「電影博物館」には中国映画の製作に協力した日本人名が記録されているとのことです。岸さんも開館式典のときに日本人の協力者として招待され、『白毛女』の主演を演じた田華さんやカメラマンの馬守清さんなどと再会して、旧交を温められたのだそうです。


      (内田吐夢なんか知らなかったけれども、私も工人帽をかぶって53年に帰国した”中共引揚者”のネズミ)


≪追記≫

日本の国策会社「満映」の文化侵略の効果を、侵略を受けた中国人の映画研究家によって書かれている『満映―国策映画の諸相 』(胡 昶・古 泉 著、 横地 剛・間 ふさ子 訳 現代書館)という本が出版されていました。

帯には「満州映画協会・・・偽の国・満州に造られた文化侵略の工場! その設立から崩壊までを追う迫真の記録!」とあるとのことで、「その論述は優れて客観的である。教条主義的な日本軍国主義批判といったドグマ性を避けている」とフリー・ジャーナリストの上野清士さんは絶賛されていました。

次に読んでみたい本です。 (”満州”にはまると、なかなか足が洗えません。)

≪蛇足≫

赤塚不二夫さんが亡くなりました。”天才バカボン”とか”シエー”とか耳にしたことはありますが、まともにそのご著書は読んだことがありません。でも、赤塚さんが私と同年だということ、しかも”満州”生まれの”満州”育ちだと聞いて、勝手なもので親しみを感じています。そういえば「明日のジョー」のちばてつやさんもそうなのですね。

これもまたどうでもいいことなのですが、ついでに書いておくと、作家の中西礼さん、音楽指揮者の小沢征爾さんも私と同年で、しかも”満州”生まれです。 ソレガドウシタなどと野暮なことおっしゃらないでください。)
by damao36 | 2008-08-10 21:41 | 中国 | Comments(0)
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