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「大東亜聖戦の歌」と「大東亜決戦の歌」

今年の「昭和の日」にたまたまテレビで「異国の丘」を聞いて、≪昭和の日―「異国の丘」が懐かしい≫(4/29)を書き、それがきっかけで幼少年期に耳にした軍歌や満州国時代の歌をYou Tubeで集め、≪「昭和の日」に軍歌を歌う≫(5/01)、≪満州想えば 曇りがち≫(5/03)を書いて、あれからときどき集めた歌を聴いてなつかしんでいるのです。

ところで、戦前の軍歌だと思って集めていた曲の中に、平成11年(1999年)に中村 粲という方が作詞し、高澤 智昌という方が作曲した「大東亜聖戦の歌」という戦後に作られた軍歌が入っていました。Wikipediaによると「自称、二十世紀最後の軍歌」だそうです。

その歌を何度も聞いてると、右翼の方々のおっしゃるお考えがとてもよくまとめられ、凝縮されているなあ、と思いました。そこで中村 粲という方を調べてみましたところ、この方の代表作は『大東亜戦争への道』だそうで、「(この書)は、600ページを超える大著で、平成8年( 1990年)の刊行から十五年以上経た現在もなお版を重ねており(2006年10月、14刷となる)、大東亜戦争肯定論支持者の間では特に重要な書籍と位置づけられている」とのことです。私はまったく存じていませんでしたが、とても有名な方なのですね。本職は大学の英語の先生で、和英辞典の編集・執筆とか日本史資料の英訳など、英文学者としての業績も多数あるそうです。


それでは、音楽を聴きながら、歌詞を味読・精読してください。
http://www.youtube.com/watch?v=9YQYxQMypn0&feature=related

1.  黒竜江の流血に 二十世紀の東洋は
   妖雲の下明けゆけど 支那は眠れり朝鮮も
  白禍の脅威夢の中

2.  四百余州と大八洲 共に睦みて栄えんと
 声励ませど耳貸さず 泰西人に阿りて
 支那は亜細亜を忘れたり

3.  満漢侵す露を討てと 皇師は進む鶏林を
 はた黄海の波分けて 旅順奉天対馬沖
 屠れる敵は幾万ぞ

4.  萎えゆく東亜救はんと 差し伸ぶ手をば逆恨み
 洋夷赤露の威を恃み 我を蔑する支那なれば
 満蒙の地嵐呼ぶ

5.  広袤千里満洲は 扶餘高句麗の昔より
 兵争絶ゆる暇なきが 大同協和の国建ちて
 興安嶺に光さす

6.  銃声響く盧溝橋 隠忍の我侮りて
 抗日叫ぶ蒋と毛 わが喉元に刃擬す
 ABCD包囲陣

7.  遂に来れり決戦の 火蓋切つたる真珠湾
 シンガポールもフィリピンも ジャワも一撃なびき伏す
 米英蘭は跡もなく

8. わが皇軍の進撃に 凱歌は上る大東亜
白き鉄鎖を断ち切りて 十億の民起つところ
    山河新たに生命あり

9. 満蒙支那に南溟に はた朔北に山ゆかば
草むすかばね海ゆかば 水づくかばねと若きらが
いゆき捧げしその命

10. 四歳に亘る勇戦も 衆寡敵せず皇軍は
矢弾盡き果て花と散る されど揺がず大亜細亜
独立の意気天を衝く

11. 武運拙く敗れしが 見ずや亜細亜のこの歩武を
   一髪土に残らずも 嗚呼大東亜聖戦の
   誇は高しわが心


私は最初どうして「大東亜聖戦の歌」と「大東亜決戦の歌」という二つのまぎらわしい歌があるのか、不思議でした。でも、歌詞を読み比べてみて、中村先生は特に下に掲げた「大東亜決戦の歌」の歌詞のゴチィ部の意味を、さらに敷衍してはっきりと説明し、大東亜戦争肯定論をわかりやすく説明されたのだと、合点がいきました。

それでは大東亜戦争開戦直後に発表された「大東亜決戦の歌」もお聴きください。
http://www.youtube.com/watch?v=3lXC6x7v2cw&feature=related

1  起つや忽ち撃滅の かちどき挙る太平洋 
   東亜侵略百年の 野望をここに覆えす いま決戦の時きたる

2  行くやはげしき皇軍の 砲火は叫ぶ大東亜
   一発必中肉弾と 散って悔いなき大和魂 いま尽忠の時きたる

3  見よや燦たる皇国の 歴史をまもる大決意 
   前線銃後一丸に 燃えて轟くこの歩調 いま興国の時きたる

4  いざや果さん十億の アジアを興す大使命 
   断固膺懲堂々と 正義貫く鉄石心 いま決戦の時きたる



(人権を尊重する人たちがどうしてシナという”蔑称”使うのかと思っていましたが、”中国”なんていうのは満・蒙・朝・支・疆・蔵族、それに台湾人の国にわかれるべきもので、”中国”なんてそもそも存在しない。だから、シナ族支配の国はシナと呼ぶしかない。そういうお考えなのだと、はじめて理解できた ネズミ)

(今度の大戦で我が国は「白禍」、「泰西人」、「露」、「ABCD包囲網」、「米英蘭」と戦い、敗れはしたものの、アジア10億の民は「白禍」からは解放された。なのに今度はシナ族が大半を占有・支配し、配下の民族を弾圧・虐殺している。今はシナ族との戦いなのだ。そういうお考えなのだと、はじめて理解できた ネズミ)

(でも、まだ大東亜ってどんな世界になるのか、八紘一宇のことなのか、そこがよく理解できていない ネズミ)



≪蛇足≫
中国のサイトにも、この歌詞を中国語訳して紹介している人がいました。私と同じ暇な人、中国にもがいるのですね。

1.  黑龍江在流血 二十世紀的東洋啊
  被妖雲所遮蔽 支那和朝鮮正在沉睡
  沉睡在白禍(白人之禍,帝國主義)的威協中

2.  支那與日本啊 和睦相處求和平
   但在西洋人的挑撥離間與鼓舞之下
   支那人忘了亞細亞

3. 討伐侵略滿洲與中國的俄國 皇軍進了朝鮮
在黃海的波浪中 旅順奉天與對馬海峽
打敗了數萬的敵人

4. 拯救萎靡的東亞 對於我們伸出援手的恨意
挾帝國主義與共產黨的餘威 篾視我們的支那啊
在滿蒙掀起了波浪

5. 廣袤萬里的滿洲啊 過去是扶餘和高句麗的土地
在連年的戰爭之下 建立了大同協和的國家
在興安嶺綻放光芒

6. 盧溝橋的槍聲響 隱忍的我們不再忍耐
  以抗日為口號的蔣與毛 將刺刀描準了我們的喉嚨
建立了ABCD包圍網

7. 直接來到了決戰 被火網掩蓋的珍珠港
新加坡和菲律賓 爪哇也一戰降伏
米國英國和荷蘭都消失無蹤(跑路了)

8. 在皇軍的進擊下 唱起凱歌的大東亞
切斷白色的鎖鍊 激起十億的人民
給予山河新生命

9. 滿蒙支那到南洋 到了北方的山邊上草原
和到了海邊行軍 都可以看見為聖戰犧牲的將士們

10. 連續四年的勇戰後 寡不敵眾的皇軍啊
彈盡援絕如櫻花四散 但仍然不動如山的亞細亞
產生了衝天的獨立意志

11. 武運不濟而失敗了 看見了亞細亞的戰果
即便什麼也沒剩下 啊啊 我們還是要有以大東亞聖戰為榮的心



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by damao36 | 2008-05-11 07:43 | 政治 | Comments(1)
Commented by 博彩通 at 2014-01-06 16:04 x
(《忏悔录》) .站在痛苦之外规劝受苦的人,是件很容易的事
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