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ハッカ(客家)と中華――中国の行き着く先は

 元外務省の日米安全保障条約課長、中東アフリカ局参事官などを経て2005年に退官し、貿易商をされている宮家邦彦氏が、JP-PRESSに「アジアのリーダーを輩出する客家系・華人リー・クアンユー、タクシン、李登輝、鄧小平・・・」というタイトルの記事を書かれていました。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3823

 本当だろうかと思って、Wikipediaの「客家人」(ハッカ・ジン)を検索してみたら、本当のようです。

 古くは文天祥(南宋末の官僚)、洪秀全(太平天国の天王)、黄遵憲(清末の官僚)、近代から現代にかけて孫文(中華民国初代総統)(但し客家ではないとする説もある)、宋慶齢・宋美齢姉妹(孫文、蒋介石夫人)、朱徳(中国共産党初代元帥)、鄧小平(元中華人民共和国中央軍事委員会主席、最高指導者)、葉剣英(中国共産党元老)、李鵬(中華人民共和国の元国務院総理)とつづきます。

 東南アジアの指導者としては李登輝(中華民国第8-9代総統)、呂秀蓮(中華民国第10-11代副総統)、タクシン・チナワット(丘達新 タイ国元首相)、リー・クァンユー(李光耀 シンガポール共和国初代首相、現顧問相。)、リー・シェンロン(李顯龍 シンガポール第3代首相・現職)、ゴー・チョク・トン(呉作棟 シンガポール第2代首相、現上級相) です。宮家氏の記事には空港で暗殺された現プィリッピン大統領の父コラソン・アキノ氏もそうだそうです。

 ハッカ(客家)とはそもそもどういう漢民族系の人たちなのか。Wikiにはこう書かれています。

      中国語の一方言である客家語を母語とする客家人は、漢民族の下位集団の一つととらえられる民族集団
     で、中国・台湾の国外で暮らす華僑(在外華人)人口の約3分の1を占める。客家を含む華僑はユダヤ人・ア
     ルメニア人・印僑と共に四大移民集団の一つと言われる。

 私が今興味を持っている国シンガポールというのは、第3代の現首相まで、ハッカの血統ですから、四大移民集団である華人をハッカが指導して作った国、ということですね。

 もともとこの地はマレーシアの領土のはずです。原住民にとっては渡来人の華人はなにかと目障りなので、一個所に追いやったつもりが、英語とマレー語しかしゃべれないリー・クァンユーという華人指導者が出てきて、1965年に独立されてしまった、マレーシアから見たシンガポールの誕生物語はそういうことではないでしょうか。

 ところで、リー・クァンユーのシンガポール共和国、一見西欧民主主義の自由主義国家に思われますが、実態はそうではないそうです。「事実上の一党独裁で、国民の政治的自由を厳しく制限する、警察統制国家」であり、「典型的な『開発独裁』型の国家資本主義体制であり、中国と似たような『シンガポール株式会社』と言ってよい」、宮家氏はそう述べています。

 ただ、共産中国との大きな違いは公務員の質なのだそうで、「公務員が『インチキ』をしないからこそ、シンガポールの政治システムへの信任が最低限保たれている。その意味でシンガポールは英国の長所と中国社会の長所がうまく組み合わさったシステムだと言えるかもしれない」、とも書いています。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2869(中国の進む道は、台湾かシンガポールか一党独裁国家の行き着く先~)

 中国人が日本人に比べてなぜ平気で国を捨てて海外に出て行くのか、不思議に思っていましたが、中華の民というのは、ハッカをその典型として、基本的には四大移民集団の一つだったのですね。

 それにしてもシンガポールという国が、政治的自由をある程度犠牲にしてでも、経済的富の確保を優先する現実主義を志向しているのは、やはり華人(外国に住む中国人が華僑、外国籍を取得している元中国人が華人)の国だからでしょう。

 考えてみると、あの鄧小平の「白いネコも黒いネコも」という発言、共産主義を信奉しているはずなのに資本主義の制度を平気で導入して、一国二制度と称するいい加減さ、これはひょっとしてハッカ的思考としては極めて自然な発想なのでは、日本”臣”民の私はそう思ったのでした。

 要するにシンガポリアンも中華大陸の民も「開発独裁型国家であろうと一党独裁の共産主義国家であろうと、民衆を食べさせられる政権ならば、それでいいのだ」、現実主義者であるあの人たちはそう考えているに違いありません。ですから、中国大陸が経済発展を続ける限り、中華の民は手間ひまかかる民主主義がいちばんで、是非とも導入しなくてはならないとは考えない、そんな気がするのです。

 宮家氏の記事の大きなテーマは「中国株式会社の研究」で、一党独裁国家の中国の行き着く先はどこかということです。宮家氏は、民主化した台湾ではなく、経済第一の警察統制国家・シンガポールがモデルになるのでは、いまのところはそう推測されています。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3764もし中国がシンガポールになれたら
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/3706中国は絶対に民主化しない、してはいけない
 
 
 そこで「日本にホンコンやシンガポールができるのか」というテーマにもどりますが、結論は日本がホンコンやシンガポールみたいに他民族国家または都市を形成するためには、日本人もまた中華の民、いや東洋のユダヤ人ハッカのように、“自分が属している国家に対してもお客様態度で接する”ことができるかどうかにかかっている、そんな気が私にはするので、やはりムリだろうと思うのです。


 ところで、『日本辺境論』の内田樹氏のブログに毎日新聞の「経済観測」を読んでの感想として「シンガポールの悩み」という記事がありました。http://blog.tatsuru.com/2007/03/30_0959.php

     それは「文化と伝統がないこと」であり、コラムによると、「その最大の原因は言語を失ったことにある」。
     もともとシンガポールに来た華僑たちは故郷の福建や広東の言葉を話していた。けれど中国語の方言はお
     互いに通じない。しかたがないので、ビジネストークは英語と北京官話でなされた。
     結果的に、家庭内でさえ祖父母と孫の間でのコミュニケーションが成立しないことになった。
     そうやって父祖伝来の文化と伝統が断絶しつつある。
     「高層ビルや高級ブランドショップが並んでいても、文化とはいえない。シンガポールは文化振興のために
     外国から高給で演奏家を招いてオーケストラを作ったりしているが、欧米や日本のオーケストラほどの水準
     に達しておらず、独自の雰囲気にも欠ける」
     たしかにある種の文化は金で海外から買えるだろう。
     でも、自分がいま暮らすこの風土との深く、暖かい「親しみ」は金で買うことができない。
     ……。
     シンガポール国民には「愛国」というときの「国」の対象が具体的ではない。
     シンガポールには「ランドマーク」といえるようなものが特にない(「世界三大がっかり」マーライオンでは「国
     民統合の象徴」にはならないであろう)。
     だが、国民的統合を情緒的に下支えしているのは実は「兎追いしかの山」や「夕焼け小焼けの赤とんぼ」が
     歌う幻想的な風土である。
     「故郷の山河とその生活を守るためなら死んでもいい」という種類の熱価の高い愛国心が高揚するのは、そ
     の前提に「それが一度失われたら、もうどこにも代替物がない」という「とりかえしのつかなさ」についての確
     信があるからである。
     シンガポールの場合、「一度失われたら取り返しがつかない」ような種類の風土や文化や伝統の「原点が
     存在する」という確信が国民的規模では共有されていない。
     ……。
     おそらくそのせいで、国民があまり「愛国的ではない」ことにシンガポール政府は危機感を抱いている。
     そのために「シンガポールを愛しましょう」という大々的なキャンペーンが政府主導で行われているのだそう
     である。
     ……。
     シンガポールのもう一つの悩みは軍隊が国内にいないことである。
     あまりに国土が狭くて、軍隊を置く場所も演習のためのスペースもないのである。
     だから、陸軍と空軍はオーストラリアとアメリカに常駐している。
     シンガポールが他国から侵略された場合にはオーストラリアからシンガポール空軍機が「迎撃」するために
     出動しなければならない。
     ……。
     これでは、「私たちは何を守り、何を伝えるためにシンガポール国民であるのか?」という根本的な疑問が
     シンガポール国民にときおり兆すことを止めるのはむずかしいであろう。
     世の中にはいろいろな悩みがあるものだ。


 なるほどそんな悩みもあるもんだと思いましたが、これは統治者の悩みであって、シンガポールに住んでいる生活者の悩みではないのではとも思いました。

 外国人にとっては「兎追いしかの山」をもつ愛国心溢れた日本人の住む那覇や大阪は、やっぱり流浪の民の作る人工都市とは住みがってが違うのではないでしょうか。

         (ホンコンのタクシー運ちゃんに北京語で話しかけたら、「何だこの田舎者は」という目で見られた。
          シンガポールの運ちゃんにもう70を超えたと言いたくて、李白の”人生七十……」という句を途中
          まで言ったら、「……古来稀」と返ってきた。私も日本のハッカかも と思っている”半”日ネズミ)


≪蛇足≫
「客家」(ハッカ)はなぜ「客」という文字を当てられているのでしょうか。それは国内でも下の写真のような”福建土楼”と呼ばれる住居に住んだりしているからではないでしょうか。
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by damao36 | 2010-07-08 07:37 | 政治 | Comments(0)
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