劉有徳氏の『日本語と中国語』(講談社)という本の中に、中国人は「挨拶」という漢字をどう受け止めるかというエピソードが紹介されていました。
中国作家代表団の団長として来日した馬峰という方が式次第の「馬団長挨拶」というのを見て腰を抜かさんばかりに驚いたそうです。なぜなら、中国知識人がこの漢字からイメージするのは、中国古代の「酷刑」、つまり拷問刑だからです。 中国語で「挨」というのは「受ける」の意味で、「拶」というのは刑罰の道具を指します。その道具とは「五つの小さな木片をくくったもの」で、それを犯人の指に挟んで締め付ける、そういう拷問刑です。 馬氏はその式次第から自分がそんな刑罰を受けるイメージを、ずっと抱いていたに違いありません。 中国語なら「马团长致词」でしょう。「致词zhìcí」、昔の日本人なら「辞ヲ致ス」と訓読して理解したことでしょう。 これはなにも「あいさつ」という語だけに限ることではありませんが、日本語の「あいさつ」という語を他言語に通訳するとき、どんな場面でどんな文脈の中での「あいさつ」なのかで、どうしても訳語が違ってきます。 儀式のときの「あいさつ」が上記の「致词」でしたが、出会いがしらの「こんにちは」のような会話は「打招呼dǎ zhāohu」です。また、本題に入る前の、あるいは別れ際の他愛のない会話は「应酬话yìngchouhuà」「寒暄话hánxuānhuà」「客套话kètàohuà」です。そのほか「表示敬意biǎoshì jìngyì」とか「回答huídá/回话huíhuà」とか、場面や条件に応じた言い方があるので、やっぱり正確な通訳者になるのはむずかしいですね。 ところで、「挨拶」という日本語はどこから来たのでしょうか。ネットで調べてみたら、「ことばのレシピ語楽」に以下のように出ていました。 「挨(あい)」には、「押す、背中を叩く、開く、押しすすむ」という意味があります。「拶(さつ)」には、「責 める、迫る、はさみつける、押しつける」という意味があります。両方ともに「押す」という意味があることか ら、禅宗ではこれらを並べて、門下の弟子僧の悟りの深さを試すための問答のことを「一挨一拶(いちあ いいちさつ)」といいます。問答は「複数で押し合う」という意味ですので、それを日常生活にあてはめて、 安否や寒暖のことばを取り交わすなどのお互いの儀礼をあらわすようになりました。後に略されて「挨 拶」となり、おじぎや返礼のことも「挨拶」というようになりました。 「あいさつに行くぞ!」と、隠語として「仕返し」という意味で使われたり、「あいさつ切る」という用例のよ うに「人との関係」や「縁」という意味でも使われます。
by damao36
| 2009-09-25 11:20
| 中国語
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